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祖母のダイヤモンド

アクセサリーを滅多に着けない。面倒なのもあるが、コーディネートの仕方がよく分からないのだ。
結婚した時、ダイヤと真珠の指輪はもらった。欲しいとは言っていない。『そうするのが普通だから』という理由で、半ば強制的に『もらわされた』のである。
全てほぼ新品状態だ。
追加で買おうという気も起こらないままなので、数は少ない。結婚当初の状態のまま、箪笥の引き出しの奥にしまってある。

数少ないコレクションの中に、もう一つダイヤの指輪がある。
貰った時は立爪の、古めかしいデザインだった。
母方の祖母の遺品である。

この指輪を初めて見たのは、小学生の時だった。
なんの機会だったのか、いつもより綺麗に化粧をし、良い服を着た祖母の指に光っていた。
「ねえ、おばあちゃん、これってホンモノのダイヤ?」
私は興味津々で尋ねた。
「そうや、ホンモノやで」
祖母は誇らしげに皺っぽい手を天井にかざすと私に顔を寄せて、指先を揃えて光る指輪を見せてくれた。
息を呑んで見つめていると、
「おばあちゃんが死んだら、ミツルちゃんにあげるわな」
と祖母は笑った。
『あげる』という言葉は魅力的だったが、祖母が死ぬのは嫌だった。だから
「要らんよお」
と憤慨して、それでおしまいになった。

祖母は長生きした。遺品とてたいしてなかったが、中にあのダイヤの指輪があった。
めぼしい宝石類は母の姉たちがあらかた持って帰っていた。しかしこのダイヤに関しては
「おばあちゃん、ずっと『これはミツルちゃんにあげるねん』って言うてはったし」
ということになったそうだ。
ダイヤは私のところにやってきた。
既に社会人になっていた。

しばらくの間、ダイヤは祖母の持っていたケースに収まったまま、母のアクセサリーボックスに放置されていた。
しかし結婚が決まり、嫁入り道具を準備する段になって、母が
「このままではあまりにもデザインが古めかし過ぎる。今風にリフォームして持たせたい」
と言い出した。
祖母の遺品なのに、娘である母を飛び越して孫が持って行くのは気が引けた。便宜上は私が貰ったことになっているが、実際は母が貰ったものと思い込んでいた。
どうせそんなに着けることもないだろうに、とも思った。
しかしあまり母心を踏みにじるのも気が引けて、指輪はリフォームに出されることになった。

本心では、祖母の真心を傷つけるような気がして嫌だった。
顔を寄せて一緒に見た、あの状態のままで貰えば良いのに、と思った。
母の感覚ではダイヤという『石』を貰った、ということだったようだが、私はあの『指輪』を貰った、と思っていたからだ。さも当然のように、リフォームすると言い出した母が、私には冷たい人間に思えた。

祖母が私に、と言ってくれたのだから、素直に『こうしたい』と言えば良かった、と今なら思う。
しかし私は妙な気を遣って母に遠慮し、『そのままで良い』とは伝えられずじまいだった。
指輪はリフォームに出され、新しいデザインになって返ってきた。

元の台座も一緒に返ってきた。
よく見ると輪の部分の金属はくすみ、輝きを失っていた。
祖母と見た当時は『キラキラして綺麗だなあ』とうっとりしたのだったが、新しい指輪と並べて見るそれは、時代の遺物だった。
「いやあ、エエのになったわあ。早う嵌めてみよし」
母は嬉しそうな顔をして、せっつくように言った。
グイグイ背中を押されるような気持ちで、新しい指輪を嵌めてみた。

子供の頃は大きい石だと思ったのに、そうでもなかった。
あの時祖母としたように、指輪を嵌めた指先を揃えて天井に向けてみると、このデザインも素敵じゃないか、と素直に思えた。と同時に、コロッと気持ちの変わる自分が浅ましいような気がして、恥ずかしくなった。

多分私は、指輪に祖母との思い出を重ねていたのだろう。リフォームしてしまうとそれが失われるような気がして、悲しかったのに違いない。
しかしいざ新しい指輪を目にすると、一瞬で心奪われてしまった。そんな現金な自分に嫌気がさした。祖母を裏切ったような気持ちになった。
胸に沸き上がる罪悪感に耐えられず、私は急いで指輪を外すと大切に箱にしまった。
この指輪を嵌めたのは、この時きりである。

私の手も、あの時の祖母の手に近い感じになってきた。
あの指輪を嵌める機会はいつ来るだろう。
嵌めたら祖母は喜んでくれるだろうか。







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在間 ミツル
山崎豊子さんが目標です。資料の購入や、取材の為の移動費に使わせて頂きます。