"コツ"をつかむには
私のクラリネットの師匠であるK先生は、"コツ"という言葉を毛嫌いしておられた。
「〇〇が上手くなるコツを教えて下さい」
などと言おうものならキッと睨まれて、
「コツですか。コツは出来るようになるまで練習する事です」
とすげなく言われるだろう。
先生はよくこうも仰っていた。
「"コツ"なんてあったら苦労しません。上手くなるのに近道なんてないんですよ。それを、なるべく手を抜いて楽に上達しようなんて、ズルい考えです。僕はそういう人間が嫌いです。それにそんな奴は上手くなれません」
バッサリである。
話は変わるが、私の職場の同僚にYさんという人がいる。
ベテラン社員でなんでもサラリとこなす頼れる存在だが、とりわけラッピングが上手い。センスがある。
スーパーの、お世辞にもハイセンスとは言えない包装紙も、ギフト用袋もリボンも、Yさんの手にかかると華麗なラッピングに変わる。かかる時間も短い。
受け取ったお客様は大抵びっくりして、
「うわあ、こんなに綺麗にしてくださってありがとうございます!」
と大喜びされる。
他の社員も一通りラッピングは出来るが、Yさん程センスよく出来る人はいない。Yさんにしてもらえたお客様はラッキーである。
私はラッピングをした経験がないので、どうやったらあんなに綺麗に出来るのかと、時間があれば目を皿のようにしてYさんの手元を見ている。
しかしただ見ているのと実際にするのとでは大違いで、自分だと時間もかかるし第一汚い。センスのカケラもない。
なので今はYさんを『師匠』と呼んで、修行中の身である。
Yさんも若い頃はなかなか上手に出来ず、お客様にやり直せと言われたり、時間がかかり過ぎだと怒られたりした事もあったと言う。今のYさんからは想像がつかない。
「要は回数やって失敗いっぱいしてさ、お客さんにも怒られてさ、『こういう時はこうした方が良いんだな』って自分の身体に覚えさせるんだよ。『慣れ』だよ、『慣れ』」
というのがYさんの言う上手くなる為の方法である。
よく料理のレシピなどに『美味しくするコツ』などとあって、魚の振り塩の仕方とか、レンジの使い方などのちょっとした工夫が書かれている。
その通りにするとグンと美味しくなったり、時間が短縮出来たりする。
これはそのレシピを考えた人が、何も知らない人が料理する場合の事を想定して、『ここに気をつけると美味しく出来るよ』と親切に書いてくれているものである。
食材を調達し調理するのは自分なので、この"コツ"は料理してみてなるほどと実感して初めて、自分が"コツ"として体得する事になると言えるだろう。
レシピにも、K先生とYさんの言葉にも共通するのは、
「失敗を恐れず、"自分で"納得行くまでやってみろ。そうすれば"コツ"はつかめる」
という事である。
自分で練習して色々試行錯誤する中に、気づきがあり成長がある。それを全て省略して一気に達人の域に行こうなどと言うのは不可能なのだ、という事なのだろう。
"コツ"は口さえ開けて待っていれば、誰かが運んできてくれるものではない。自分から取りに行かないと"もの"に出来ない。
と言う訳で、最近は毎日師匠のご指導を受けつつ、ああでもないこうでもない、とラッピング用紙と格闘中である。
『コツ』をつかむにはまだまだかかりそうだ。