ムッとしがい
レジにいると、様々なお客様に出会う。気持ち良くやり取り出来る方もあれば、気分が悪くなり少なからず傷つく思いをさせられる方もある。
「傷つく」というのはこちらの主観なので、相手にはわからない筈だ。が、最近「こういうお客様はこちらが傷つく事を十分に腹の中で想定済みで、敢えて選んでその言葉を発し、態度を取っている」と思うようになった。
しかし、従業員の中にはこういうお客様に対して「へ」とも思わない感じの人が多くいる。ウチの売り場に限って言えば、私以外の全員がそういう風である。
退職したFさんの後任で本社からやって来たDさんもそんな一人だ。
ひどい難癖をつけられようが、無理な要求をされようが、いつも笑顔である。とってつけたような笑顔であればお客様の怒りを買うと思うが、Dさんは本当に穏やかで優しいので、難癖をつける人の方が気後れしてしまうようだ。結果的にもめる事は殆どない。後で
「そりゃ無理だって~」
と独り言を言いながら笑っている。たまに私達に
「ねえ?無茶言わないで欲しいよねえ?」
と話しかけてくれることもあるが、その時もいつも笑っている。
どうやったらああいう心根で過ごせるのか、教えて欲しいという気持ちになる。
Mさんの場合はちょっと違う。
まず、声がとても大きく、滑舌がはっきりしている。それだけでこちらの意思ははっきり相手に伝わる。声が小さい私にはとても羨ましい。
相手が感情をぶつけてくることがあっても、びびった様子をしない。背筋を伸ばし、
「大変申し訳ございません」「失礼致しました」
と大きな声で返す。難癖をつけているお客様の方が付け入る隙がない。お客様は明らかに分が悪い。ブツブツ言いながら、睨みつけながら帰っていく人もあるが、周りの目がMさんに加勢するので割合早く退散する。
徹底した『ハキハキ』は強い、と思わされる。
もう退職されたが、Fさんはもっと凄い。難癖を難癖と思っていない節があった。
ウチの店で発行している六十歳以上の方へのサービス券は、お客様からお申し出がない限りお渡ししないことになっている。見た目が微妙な人に失礼になることを避けるためだ。明らかに見た目がそれとわかる人にはお声がけしている。
だが「声をかけてくれなかった」という苦情は結構来る。言われても困るが、お客様にとっては一割引きになるから大きい。「お店が損したくないから言わなかったんでしょう」などという方が多い。
Fさんはこういう時ビクともしない。
「いやあ、お客様に向かって『あなた、六十歳以上でしょう』なんて失礼なこと申し上げるわけにいかないもんでねえ。最近は皆さんお若いですから、わかんないことも多いんですよ」
あっはっはと大きな声で笑いながらこう言われると、眉間に皺を寄せて文句を言っていたお客様も苦笑してしまう。
私が後から
「凄いですねえ」
と感心すると、
「だってその通りじゃねえか。でしょ?」
と目玉をぐりぐりさせて豪快に笑う。
流石としか言いようがない。
近所の行きつけのコンビニでの出来事を思い出した。
ここにK君という馴染みの学生アルバイト君がいる。コテコテの関西弁で接客してくれる、愛想の良い店員である。
先日行った時、私の前に酒臭いお爺さんが並んでいた。お爺さんはタッチ決済で支払いをしようとしたが、かざし方が悪かったのか、端末が反応しなかった。
するとお爺さんはいきなりその端末を荒っぽく叩いた。けっこうな勢いだったので私はぎょっとした。隣のレジで並んでいた人もビックリしてお爺さんをチラッと見た。
その時、
「なにすんねん!壊れるやろ!やめてくれ!」
というK君の怒った声が聞こえて、私はもっとびっくりした。でもそれぐらい言って良い、と思った。ちょっと胸がスカッとした。
お爺さんはブツブツ言いながらカードを引っ込め、結局現金で支払って帰っていった。
「お待たせしましたあ!」
私に応対してくれたK君はいつものようににこやかだった。切り替えの早さに感心した。
お客様に難癖をつけられる私は、そういう人にとって「ムッとしがい」がある人なのだろう。Dさんになら、「すいませんねえ」とニコニコされて終わりだし、Mさんにはひたすらハキハキとお手本のような謝罪を受けるのみだろう。Fさんなんかに難癖をつけたって、カエルの面に水だ。K君なら喧嘩してしまうかもしれない。
要するにその人の不機嫌の原因を、潜在意識の中でも自分の中に求めようとしないことが重要なのだと思う。
こちらは育ちのせいで、他人の不機嫌を条件反射的に怖いと思ってしまう。無条件に自分の側に非があるように感じてしまう。それを多分、接客態度や声から見抜かれてしまうのだろう。難癖をつけることで何とかして人に「マウントしたい」お客様には格好の獲物だ。
つまり、私が自分でそういうお客様を引き寄せている部分が大いにあると思う。
つい完璧を求めそうになるが、ゆるく頑張っていこうとあらためて思っている。