不在の家
入院中で不在の姑宅に一人で来ている。
10月とは思えない陽気のせいか、玄関を開けるとむわっとした淀んだ空気が流れてくる。雨戸も全て締め切っているから真っ暗である。
取り敢えず全ての窓を開放し、換気扇を回し、外の空気を入れる。ようやく家の中の空気が流れだし、ほっとする。
郵便受けは数日前に姉が確認してくれたばかりのはずだ。が、またダイレクトメール、投げ込みチラシ、広報誌などが入っている。それらに紛れて水道料金の明細書。2万円に迫る金額を見て、「おばあちゃん、こんなことしてるから腰いわすんやでえ」と独り言ちる。
日付を見ると丁度舅が入院した後の期間だ。夢中で洗濯していたであろう、姑の様子が目に浮かぶ。
なんだか哀れを誘う。
二階へ上がって、姉に頼まれていたベランダの雨戸を開ける。随分滑りが悪くなっているが、ちゃんと開いた。こちらも窓を全開にする。近所の人が珍しそうに見上げるのが見える。防犯上もたまには開けるのが良いだろうと思う。それにしてもレールが埃だらけだ。雑巾を持ってくればよかった。
二階は屋根に近いせいか、一階よりさらにむっとしていた。やっと風を通せてほっとする。
玄関の前が落ち葉だらけになっている。親切なご近所が時折掃除して下さっているが、毎日は厚かましい。ガレージから箒と塵取りを出して、丁寧に掃除する。
また散るだろうが、少しは見やすくなった。
こちらも姉に頼まれていた冷凍庫の掃除。
出るわ出るわ、謎な冷凍物。衣のついたあげる前のカツ、魚?だった物体、煮物?の干からびたもの。それらを全てどけると、一面にお茶の葉が散らばっていた。お茶の葉を冷凍したのかな。手が痛いと言っていたから、閉め方が甘かったのかも知れない。
掃除機で丁寧に吸い取り、ふきんがないのでティッシュを濡らして簡単に中を拭く。アルコールで除菌したいところだが、ないのでしょうがない。最初の状態よりましだろう。
物を動かし終えたところで、掃除機をあてる。あちこち埃だらけである。埃が湿気と一体化して、障子のレールにしがみついている。我が家にあるお掃除グッズを使いたい衝動に駆られるが、ないので爪楊枝などいろんなもので代用しつつ、やっと掃除を終える。
最後に階段の下の扉を開けてみると、よろよろになったGが出没。殺虫剤の在りかが分からず、やむなくお見送り。他にもここにはヤバいブツがいっぱい潜んでいそうな予感がする。帰宅後、姉に要相談だ。
留守電がチカチカ光っているので、要件を聞く。姑はどういうわけか、7月からのメッセージを消去していない。全部聞く羽目になる。
9月以降は専ら、姑の腰の具合を尋ねるものが多い。
「どんな具合や。(姑の)姉ちゃんやで。痛いんか。あんまり文句ばっかり言うもんやないで。Eちゃん(姉)の言うことよお聞いて、無理せんようにな」
隣の県に住む姑のポジティブ姉からである。4つも年上なのに、これではどっちが年上だかわからない。
「Mです。その後どうですか。酷くなってませんか。お大事に」
姑の高校時代の友人である。他にもこの調子で10人近く入っていた。
お母さん、何が「独りぼっち、誰も私を気にしてくれない」んですか。私が今病みついても、こんなに心配してくれる友達いませんよ。
窓を全て閉め、掃除機を片付け、鍵をかけて、お向かいに挨拶し、滞在先に戻る。
地下鉄で姑と同じ、赤い杖をついた女性を見かける。
ちょっと前までは、お母さんもああだったのにな、と後姿を見送る。
こちらは少し雲が厚くなってきた。
明後日は今日出たゴミを出しに、姑宅に行くことになっている。
大したことはしていないのに、少し疲れた。
姑不在の家は黙り込んだ姑のようで、慣れない。