無愛想な花屋
ほんの少しの間、活花を習っていた事がある。個人の教室へ通うと何かと費用が高くつくと聞いたので、地元の新聞社のカルチャーセンターに通っていた。私は活花を習うのが全く初めてだったのだが、生徒さんには年配の方も多く、既に教える資格のある人も少なからずいらした。皆さんとても親切だったし、先生も丁寧に教えて下さった。
ここにはいつも決まった花屋さんが花をまとめて持ってきてくれるのだが、非常に愛想が悪かった。持ってきてくれる人は決まっていないが、誰であっても例外なく仏頂面で挨拶もない。殆ど無言である。若い大柄な男性社員さんだと、私なんかはちょっと怖かった。
しかし、お花の先生はいつも花屋の店員さんが誰であろうと、
「今日もいい花やねえ。有難う。お疲れ様。店長さんによろしく言うといてね」
と満面の笑みで仰る。そして店員が帰っていくと私達生徒に向かって、
「ホンマに花屋っちゅうのはね、不思議と愛想が悪いとこほど花の質が良いんですわ」
とけろっとした様子で笑う。それまで店員さんの無愛想につられて、なんとなく黙り込んでいたみんなは、それを合図に一斉に笑い出すのだった。
その花屋さんは先生のご自宅の教室にも出入りしているそうで、先生によると店長さんも同じような感じだ、という事だった。よくそれで経営が成り立っているなあ、と皆で感心していた。
「愛想がない人に急に『愛想良くしろ』っていうても、出来んのですわ。言うたこっちも不愉快ですやろ。だから、こっちが『良いお花いつも届けてくれて有難う』って感謝の気持ちを伝えるようにしてるんです。ホンマに良いお花ですもん。家で嫁さんと喧嘩したんか、来る時に車どっかにぶつけたんか、そりゃ知りません。でも誰だって気持ちの良い時ばっかりではないわねえ」
先生はいつもそんな風に仰って、年配の生徒さん達と頷きあっておられた。
因みにその花屋さんは、沢山買うからだろうがいつも先生には少しおまけしてくれるそうで、
「おまけより、もうち~と愛想良い方がこっちの気分はええけど。まあ、気持ちは受け取ってもろうてるんやと思うとるんです」
と仰っていた。
無愛想な人を見れば、こちらの気分も良くない。しかし人の気分は変えられない。ただ自分が気分よくいられるように、してくれた行為に対するこちらの感謝だけを伝える。それを相手がどう取るかは相手の問題で、自分には関係ない。
自分の機嫌は自分で取る。
先生は今日もきっと、無愛想な花屋さん相手に笑顔で、
「良いお花有難う」
と仰っているのだと思う。