おしゃまさん
昨日は近所の小学校で運動会が開かれていた。昨今は昔のように全学年が集っての催しではないようだが、小さな兄弟らしき子供達やお父さんお母さんの姿を見かけると、懐かしい感じがした。
運動会と聞くといつも思い出す女の子がいる。
以前住んでいたアパートの隣の棟のKさん宅の長女、Aちゃんである。
Aちゃんはうちの子供より3つお姉さんで、1歳の弟がいた。制服がかわいいから、とかで少し遠くにある幼稚園にバスで通っていた。
Kさんは名古屋の出身で、ご主人はうちと同じ転勤族だった。私とは年齢も近く、知らない土地で子育てをする仲間のような感じで、いつも親しくしてもらっていた。朗らかでおおらかで気持ちの良い人であった。
Aちゃんはとてもしっかりしていて、お母さんも持て余すくらいだった。
幼い弟が公園で砂を口にしようとすると、お母さんより早く見つけて、
「だめよ!」
と厳しく注意し、手を払いのける。
弟が泣いていると飛んで行って、
「どうしたの?どこか痛いの?のど乾いたの?言ってごらん」
とまるでお母さんのように甲斐甲斐しく世話をやこうとする。
「頼っちゃうんだよね~」
Kさんはのんびりしたもので、そんなAちゃんをいつもニコニコしながら見ていた。
Aちゃんの名言には度々笑わせてもらった。
Aちゃんの初登園日の翌週、公園で子供を遊ばせているとAちゃんがやってきたので、
「Aちゃん、入園おめでとう。幼稚園どう?楽しい?お友達出来た?」
とお決まりの質問をしてみると、Aちゃんはふうっと息を吐いて肩を落とし、
「幼稚園ってね、とっても『混んでる』の。もう疲れちゃった。楽しいどころじゃないわ」
とつぶやいたので、思わず爆笑してしまった。
あとから来たKさんに告げると、
「もう、変なこと言うでしょ。子供のくせにねえ。意味わかってんのかしら」
と笑っていた。
Aちゃんの通っていた幼稚園は、年長さんが運動会の時に鼓笛隊を組んでマーチングをすることが知られていた。早い時期から熱心に練習するそうで、なかなか子供にはハードなスケジュールらしかった。
だがKさんによれば、実際に本番を目にすると感動するくらい揃っており、
「やらせてよかったあ、って年長さんの親は思うみたい」
とのことであった。
Aちゃんが年長さんになってマーチングの練習が始まった夏頃、公園で遊んでいるAちゃんに、
「Aちゃん、マーチング頑張ってるん?」
と話をふるとAちゃんは急に眉をひそめ、
「おばちゃん。あんなのね、ゴウモンよ。ジドウギャクタイよ」
というので、また吹き出してしまった。
「そんなに辛いの?」
と聞くと、
「だってね、何もしなくてもこんなに暑いのに、わざわざ外で練習するんだよ。バカみたい。お母さんたちと先生は喜ぶかもしんないけど、子供は迷惑でしかないわ!」
と力説する。私はおかしくてしょうがなかった。
しかし『喜んでいるのは先生と親だけだ』なんて、鋭く的を射た意見でもある。幼稚園児とは思えない口の達者ぶりに、おかしいやら、感心するやらであった。
迎えに来たKさんに、Aちゃんの憤慨ぶりを笑いながら伝えると、
「まあねえ。熱くなってんのは一部の親と先生だけ、って話も実際あんのよねえ。子供にも伝わっちゃうんじゃないかなあ、そういうの」
としごく真面目な意見が返ってきたので、なるほどと思った。
Aちゃんも大変だったんだとは思ったが、大人のような口ぶりは、やはり何度思い出してもおかしかった。
その後、Kさん一家はご主人の転勤が決まり、うちより少し早く転居していった。転居する直前に、家族揃って挨拶に来てくれた。
Aちゃんは小学校2年生になっていた。
「お世話になりました!」
挨拶をするお母さんに続いて、ぴょこんとお辞儀をしてくれた。
「なんかさ、『もうずっとここに住んでもいいか』って思った頃に転勤って来るんだよね~。折角なじんできたのにさ~」
仲良くしてくれてありがとうね、と言ってKさん一家は引っ越していった。
『もうずっとここに住んでもいいか』と思えるようになった頃、我が家も他府県へ引越しした。あれからKさん一家とは一度も会っていない。
もうあれから20年近く経つ。
Aちゃんは30歳近くになっているだろう。ひょっとしたら結婚して子供だっているかもしれない。女の子だったら、Aちゃんみたいな子かな。運動会の練習を「ゴウモン」なんて言ってるのだろうか。
ちょっと会ってみたい気がしている。