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ザックリ

今の会社に就職したばかりの頃、課長から
「ネームホルダーに絆創膏を一、二枚入れておくと良いですよ。安物ではなく、ちゃんとしたメーカー物の、良いヤツをね」
と言われた。
レジなんて危険なものを扱う職種ではないのに、なぜ必要なのか、と不思議に思ったが、黙って従うことにした。
今も私のネームホルダーには、常に二枚の絆創膏が入っている。某社のお高いヤツだ。ピッタリくっつくので使いやすい。
しょっちゅうではないが、定期的に使用することがある。

靴を購入した時に、入っていた箱を持って帰られるお客様は二割程度だ。大抵の方は『要りません』と仰る。
こちらが処分することになる。
紳士靴やパンプスの箱は、フワフワした比較的柔らかい素材で出来ている。だがスニーカーの箱の素材は非常に硬い。段ボールと厚紙の中間くらいの硬さである。これを手で裂いて板状にし、再生紙用の箱に投入する作業はレジ係の仕事である。
箱の角に手をかけ、ザクザクと裂いていく。
このスニーカーの箱を裂いている時に、手を切ることがとても多いのだ。
気をつけているつもりなのだが、ついうっかりする。

泣くほど痛いということはないが、困るのは痛みよりも血だ。
白いスニーカー、白いハンカチ、白い帽子・・・布製の商品に血液が付着すると簡単には取れない。
レジに持ってこられた商品に血をつけてしまうと大変だ。同じものがあれば交換できるが、なければお持ち帰りいただくことが出来なくなる。
血が出た場合、そばに誰かがいればレジを交替してもらって、傷の処置をすることになる。

レジにはハサミを常備してある。
値札を切るのが主な目的だが、綴った割引券などを切る時にも使う。
ハサミを使っていて手を切る、など普段の生活では考えられない。が、特に繁忙時、これらの作業をやっているとたまに手許が狂う。
スパっと切れる良いものを置いているので、必然的に手もよく切れてしまう。
忙しい時に更に慌てふためくことになる。

繁忙時といえば、テープカッターも危ない。
レジに備え付けのものは、普通のセロハンテープと名入れテープ(店のロゴが入った白い不透明のもの)が二本ホルダーに入っているタイプだ。
当然、二枚の刃がついている。
普段はそんなこと絶対にしないのに、慌てているとこれで手を引っ掛けることがある。
あのギザギザの刃でザリッと引っ掛けると、凄く痛い。血はそんなに出ないが、皮膚が毛羽立ったようになり、いつまでも治りが悪い。
雑巾を洗うとしみて痛い。下手するともう一度何かに引っ掛けて傷が開いたりする。
要注意だと分かっているのに、うっかりやってしまう。

値札を商品に取り付ける時に使う器具には、二センチくらいの鋭く太い針がついている。
大変危険だからか、針に被せるキャップが器具にしっかりと結び付けられている。必ずキャップをしてから、所定の引き出しにしまうのがルールだ。
売り場担当者の手伝いをしてこれを使うことがあるのだが、厚いジーンズ地の商品に刺し通して使う時に、稀にうっかり手までブスッとやってしまう。
よく突くのは爪と皮膚の間である。
血はあまり出ないが、痛みが長引く。家事をしていても、なんとなく痛い。
妙な場所だから薬も塗れないし、絆創膏を貼るわけにもいかない。
痛みと付き合いながら、自然治癒を待つことになる。

中国や東南アジアから送られてきた商品の段ボールは、これ以上無理なくらい、テープであちこち留めてある。普通のガムテープなら手で簡単に裂けるのだが、この類の段ボールは太いビニールテープで留めてあるため、カッターが必要になる。
ラッピングの包装紙を切る時に使うので、カッターは胸ポケットに常備している。これを使って裂く。
しかし、たまにこのテープを二重貼りしてくる先がある。しかも綺麗に貼るのではなく、どこか一箇所だけテープがやたら何重にも貼られていたり、頼りない箇所があったりで、とてもいい加減だ。
なのでカッターがスッと進む箇所もあれば、いきなり引っかかる箇所もある。
気をつけて捌かないと、いきなり勢いよく進みだしたカッターでうっかり手を切ってしまう。

商品補充の仕事をしていた時は、手に傷を作るのは日常茶飯事だった。でもまさかレジの仕事で、こんなに手を傷つけるとは思っていなかった。
昨日もハサミで左手をザックリやってしまった。
「忙しい時ほど気をつけて、丁寧な作業をお願いしますね。結局その方が早いですから」
昔課長に言われた言葉を耳の痛い気分で思い起こしながら、絆創膏を巻いた。
師走も半ば、忙しい時間が増えている。
今日も気をつけて頑張ろう。







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在間 ミツル
山崎豊子さんが目標です。資料の購入や、取材の為の移動費に使わせて頂きます。