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暑さにやられる人々

夏の暑い日、朝の開け当番はちょっと緊張する。
暑い屋外で開店を待っていたお客様が、我先になだれ込んでくるからだ。気温が高ければ高いほど、皆様一刻も早く中に入ろうと身構えておられるので、自然と急ぎ足になるらしい。
大勢が団子になって入ってこられるから、将棋倒しみたいなことにもなりかねない。開け当番四人全員がにこやかに挨拶しながら、お客様が途切れる瞬間まで細心の注意を払っている。
手動でドアを開けるのだが、開ききるのを待たずに飛び込んでこられるお客様もいらっしゃる。こちらの開けるタイミングと合わなければ転倒の可能性もある、危険な行為である。是非ともおやめ頂きたいのであるが、声をかける時間もないほど急いで中に入って行かれるので、未だにご注意出来ずじまいである。
ちょっとでも早く涼みたいというお気持ちも分からなくもないが、複雑な心境である。

お客様が入ってしまっても油断はできない。
外があまりにも暑いと、中との気温差で急にご気分が悪くなったりする方があるからだ。
先週末の土曜日など、倒れたり気分の悪くなるお客様が続出して、警備員さんは車椅子を持って走り回っていた。午前中だけでこんなに次々とご気分が悪くなる方が出るのは大変珍しい。役職者が何人も応援に駆け付け、大変忙しそうだった。
誰だってこんな異常な暑さ、身体がついていかない。本当に命に係わる暑さだと感じる。

倒れても意識のある方は良いのだが、意識がないと救急車の手配が必要になる。
到着までの蘇生も職員の仕事になる。過去にはAEDを使ったこともあると聞いている。警備員さん達と役職者は、勿論全員講習を受けている。
意識があっても、転倒したはずみで骨折してしまったり、顔や頭を切ってしまったりして出血される方もある。この時も場合によっては救急車を呼ぶ。
ご家族への連絡をしなければならないのだが、高齢のお客様だと会話がスムーズに成立しないことがあり、とても困る。中には認知能力の怪しい方もあり、『大丈夫』が当てにならないこともあるからだ。
最終的にどうするか、の判断は役職者に委ねられる。難しいと思うが、今まで『大変なことになった』というのは聞いたことがないから、なんとかしてきているんだろう。
接客業は、つくづく守備範囲の広い仕事だと思う。

倒れる方の九割は高齢のお客様である。
しかしそんなにご高齢ではない方でも、急にふらっとされて、頭からバーンと倒れてしまわれるのも見たことがある。
この暑さ、年齢問わず油断しない方が良さそうだ。
小さなお子さんもちょくちょくある。
倒れてはいないが、
「さっきまで元気だったのに、なんだか急にぐったりして」
とお母さんが慌てて助けを求めて来られたこともあった。
一度など、高校生くらいの女の子が真っ赤な顔をして、
「熱中症みたいなんで、どこかで少し休ませてもらえませんか?」
といってふらふらしながらサービスカウンターにやってきたこともあったそうだ。部活帰りだったらしい。
この時は社員用の休憩室に車椅子で案内し、暫く休んでもらった。ご両親はお仕事で遅くなるとかで、随分経ってから大学生のお兄さんが迎えに来た。
二人は丁寧にお礼を言って帰って行ったそうだ。
何事もなくて良かった。

暑さにやられるのは、従業員も例外ではない。
一度など、グロサリー担当のパートさんが売り場で派手に倒れてしまい、ちょっとした騒ぎになってしまった。
多分暑いバックヤードと涼しい店内の気温差で、やられてしまったのだと思う。
暫く意識がなかったので、すぐに救急車が呼ばれ、グロサリーの主任が同行した。
車中で意識は戻ったようだが、仕事は暫く休んでおられた。売り場の仲間はさぞ慌てただろう。

誰かが倒れる時はお知らせが事前にないので、皆ビックリする。
推測は出来ても正確な原因は分からないから、ちょっと怖い。
前の晩に天気予報で『明日は暑くなります』と聞くと、『ああ、どうか誰も倒れんといてくれよー』とちょっと祈りたいような気持ちになる。
まだまだ夏はこれからだ。気の抜けない日々は続く。