招かれざるお土産
夫は外出すると必ずと言って良いほど『お土産』を持ち帰ってくれる。
なんて素敵な、奥様思いの旦那様・・・なんかではない。ここでいう『お土産』は『招かれざるお土産』即ち『持って帰って欲しくないのに持って帰って来やがるもの』のことである。
人一倍汗かきの夫が山登りに行くと、文字通り『山のような』汗みずくの洗濯物を持って帰ってくれる。それくらいなら洗濯機に放り込むだけだから、良いじゃないかというかもしれない。
強烈な汗の匂いを別にすれば、まあこのくらいは覚悟の上だ。洗ってやってもいい。
問題が発生するのは、この洗濯物に混じって妙な『お土産』が潜んでいる時である。
関西に居る間、夫はよく鈴鹿方面の山に登っていた。日帰りできて、低過ぎず高過ぎずで、夫曰くは丁度良い頃合いの山なんだそうである。
こちらもアルプスと言えば身構えるが、そこら辺だとまああまり心配はしない。行ってらっしゃい、と気持ちよく送り出すことにしていた。
ところが、ある日のこと。
いつものように鈴鹿から帰った夫の洗濯物を干し終わった私は、洗濯槽の内側に小さな茶色い物体が引っ付いているのを見つけた。
ああ、葉っぱでも持って帰ってしまったのかな。ちゃんと払ってから洗濯機に入れたつもりだったけど、まだ残ってたのかしら。そんな事を思いながら、ゴミ箱に入れましょう、と右手の親指と人差し指でその物体をつまんだ。
ん?柔らけえぞ、オイ。何だこりゃ?
度々書いているが、私は強度近視である。パッと見たところ、この物体が何であるのかは全く分からなかったが、葉っぱでないのは確かだった。なんだかナメクジのような感じもするが、もっと濃い茶色だ。ちょっと力を込めてつまもうとした。
うっ、取れない。なんて粘着力・・・となった時点で、私はこの茶色い物体が自分の意思で洗濯槽に貼り付いているのではないか、という考えに思い至って寒気立った。
「パパ!これ何!!」
気持ち悪くなって、ティッシュでつまんで洗濯槽から漸く引きはがし、夫のところに駆けつけて見せると、
「あ、ヒル。どこにおったん?」
とまるで蝶々でも見つけたように、夫は笑いながら言った。
私は思わず悲鳴を上げながら、ティッシュごとそいつをぎゅうと握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れた。
かのヒルは、激しい洗濯の荒波に耐えて、生きていたようだった。凄い生命力である。
夫曰く、最近の山には鹿や猪が増え、その血を吸うヒルさん達も以前よりずっと増えているらしい。
いや、そんな蘊蓄はどうでも良い。持って帰らないで欲しい。
それ以降、夫はヒルの出る時期は鈴鹿に行かなくなった。自分も血を吸われて懲りた、ということだった。こんなにヒルが出るとは思っていなかったらしい。
とんだお土産である。
涼しくなってくると、夫は近隣の小さな山にジョギングに出かける。ここは都会だが、数キロ行くと信じられないくらい自然が残されていて、この辺りの人の格好のジョギングコースになっている。
帰ってくると汗みずくの洗濯物がたっぷり出るのは山登りと同じだが、流石にヒルはいない。
洗濯して、さあ干しましょうとなった時、私の手に当たるものがある。
今度は何だ?
恐る恐る洗濯物を目に近づける。よく見ると、『Y』の形の小さなトゲトゲが袖にいっぱいくっついている。
くっつき虫、と呼ばれる雑草の種だ。正式にはセンダングサというらしい。
つい名前を調べたくなってしまう自分に腹が立つ。
「ちゃんと外してから洗濯機に入れてよ!」
と猛烈に抗議すると、夫は
「スマンスマン」
と素直である。
「なんでジョギングでくっつき虫がつくねん?どこ走ってんねん?」
本当に分からないので訊いてみる。
夫の言い分はこうだ。
ジョギングコースは綺麗に整備されてはいるが、道幅が狭い。そこに多くのランナーが走りに来ると、すれ違いがちょっと難しくなってしまう。そこで、お互いに道を譲り合うのだが、その時に道の脇に生えている雑草にどうしても触れてしまう。
いや、言い訳は良い。事情は分かったけど、外して帰ってきて欲しい。
「おー、今度から外して帰るわ」
「そうして」
一件落着・・・と思った私が甘かった。
「外で外すの忘れとったわ!」
ある日、ジョギングから帰った夫は、汗みずくのまま、やおら玄関で棒立ちになり、くっつき虫を外し始めた。そして外したブツを玄関の三和土にポイポイし始めたではないか。
「ちょっと、外でやってよ!」
慌てて制止すると、
「何言うてんにゃ!外にゴミを捨てるなんて、恥ずかしいことやぞ!」
夫、ニヤニヤしながら言う。完全にこちらをバカにしている。
その手には乗らない。
「あ、そうねえ。じゃあまとめて拾って、あんたの布団に入れておいてあげるわ!!」
私の勢いに、本当にやりかねないと思ったのか、夫は
「冗談ですう」
と笑って、ブツをかき集め、私の差し出したゴミ箱に入れた。
そんなこんなで我が家は、夫の外出時に色々と有難くないお土産が持ち帰られるのである。
「男はいつまでも少年なんや」
と誇らしげに言う夫。
勘弁してくれい。