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繊維質豊富?

同じ楽団のクラリネットパートの仲間のAさんが、こんな話をしてくれた。
彼女の姪っ子が最近中学生になった。新入生歓迎会で吹奏楽部の演奏を聴いてすっかり魅了され、サックスが吹きたい、と言ってはりきって入部した。
蓋を開けてみると公立校の悲しさ、ロクな楽器がない。サックスはまともに音の鳴るものが皆無で、吹きたいなら各自で用意して下さい、というあんまりな内容の手紙が顧問から渡されたらしい。
お母さんが昔サックスをやっていて家に楽器があるという子と、お兄さんの楽器が一つ余っているから借りることが出来る、という子の二人がサックスに行くことに決まり、姪っ子さんはがっかりしてしまった。
あとはトロンボーンかクラリネットかだ、と顧問の先生に言われた為、クラリネットなら木管楽器だしやりたい、といい、彼女は晴れてクラリネットに決まった。
おばちゃん楽器貸してと言われて、Aさんは自分の昔使っていた楽器を調整に出し、綺麗にクリーニングして姪っ子に渡したそうだ。その時ついでに付属品の購入にも付き合い、選び方を教えて帰ってきたらしい。

付属品はリード(ケーンと言う植物で出来た薄い板。振動媒体となる。消耗品)、リガチャー(リードをマウスピースに固定する道具)、マウスピース。どれも発音の要となる大切なものなので、Aさんは慎重に選んであげたそうだ。かなりの上級者であるAさんだからきっと的確な指導だったと思う。姪っ子さんラッキーやん、と言ったらそれがねえ、とAさんはため息をついて、
「初心者あるあるでさあ」
と苦笑いした。

初心者はどうしても、マウスピースを必要以上にしっかり咥えようとする。この「しっかり」具合が問題だ。咥える時は前歯をマウスピースに軽く当てるだけで良いのだが、ぎゅーっと強くかみしめてしまうと口の中が狭くなってしまう。口の中が狭いと音が痩せて、キツイだけの響きの薄い音になってしまう。リードミスと言われる所謂「キャー音」もこのせいで起こる。
かみしめるのは他にも弊害がある。クラリネットは息を吹き込んでリードを震わせて、その振動を管本体に伝えることによって音を出す訳だが、大元のリードをぎゅーっと締め付けると振動を阻害してしまう。これも音が「痩せる」一因になる。
長時間吹いていると口の筋肉が疲れてきて、どうしても締まり気味になってしまうものなのだが、初心者はいきなりぎゅんぎゅんに締めてしまうことが多い。結果マウスピースを歯で傷めたり、振動しようとするリードを無理に押さえつけることによってリードの寿命も短くなってしまう。

Aさんは姪っ子さんが
「教えて」
というので練習につきあってあげたらしい。が、まずその噛み具合に驚き、
「そんなに噛んじゃダメだよ」
と噛まないアンブシュア(口の形)を覚えさせるのに一苦労したそうだ。
「リードどうなってるの?」
と言って見せてもらったところ、
「食べてんの!?」
と聞きそうになったくらい、リードの先端がギザギザに割れて酷いことになっていたらしい。これも中学生の初心者ではよくあることである。
マウスピースを口に持って行くときにリードに歯を引っ掛けてしまうのと、リガチャーをマウスピースにはめるより先にリードをマウスピースに固定しようとしてしまうのが原因だろう、とAさんは笑っていた。

実は新品のリードには「味」がある。材料のケーンという植物は葦の一種だが、かなり強い繊維が入っている。
封を切ってすぐに口にすると、甘いものや渋いものがある。竹とは違うが、もしかしてパンダが食べている笹もこんな味がするんだろうか、美味しいケーンとマズいケーンの差は何によって生まれるのだろう、なんてどうでも良いことを時々考えてしまう。
因みに私は甘いリードの方が良い鳴りのするリードに遭遇する率が高い。師匠のK先生は
「多分、甘いのは若い木では?しなやかで、反応が良いと感じるのでしょう」
と仰っていたが、ちゃんと調べてみたことはない。
リードの使用感は個人の好みにおおいに左右されるので、私だけの感想かもしれない。

しかし、いくら甘くてもリードを齧るのは良くない。
「繊維質豊富過ぎだよねえ」
Aさんの言葉にみんなでふき出した。
姪っ子さんが上手になって、いつか一緒に演奏できる時が来たら、
「リード、美味しかった?」
と笑い話が出来るかも知れない。
がんばれ、新入生!