クラリネット、はじめました。
ピンポーン 宅配便でーす。
届いた箱には、楽器のデザインが施されてあった。父宛である。
しかし、当の父は不在。部屋にその箱をそっと置き、私は考えた。
「父よ、いつの間に電子サックスを買ったのだ」
仮に父に向かってそう言ったとしよう。返ってくる答えは分かりきっている。
「俺の稼いだ金で、何を買ってもええじゃろうが」
はい、その通りです。亭主関白の大黒柱さま。しかし、私はこう返したい。
「あなた、10年前にクラリネット買ったじゃろう? アレ、3日しか続かなかったじゃん。また買ってどうするん?」
父はこう答えるだろう。
「クラリネットは難しかったんだよ!」
典型的な外向型人間である父は、不要不急の外出を控えるようにとのお願いをされるとストレスをためてしまうタイプである。内向型人間の私とは真逆の、不要不急で外へ出たい人。しかし、今は自粛してリモートワーク。部屋に閉じこもる日々。
そして父は、部屋の中で遊ぶために、楽器を買ったのだ。
父は学生時代、ジャズバンドに所属していて、フロントでサックスを吹いていた。どうやら有名な師匠に師事していたらしく、ラジオ番組に出演したこともあるのだとか。
だから、感を取り戻せば、サックスはいい感じに楽しんで吹けると思う。
しかし、クラリネットは、いづこへ ――――
「あのクラリネットは、どこへ行ったんじゃろうか?」と私が宙に向かってつぶやくと、妹が「私が預かっとる」と返事。
妹が吹いていたのか、よかったよかった。
早速持ってきてもらった。ケースを開けると、新品だったはずのクラリネットは金属部分がほぼ錆に覆われていた。
「全然開けてなかったの?」と聞くと「だって、音が出んかった...」
あ、預かっていたというのは、本当に預かっていたということなのか。
音が出ないというのは、童謡のように壊れて出ない?はたまたコツが掴めないまま諦めた?
どちらにしても。
私は、誰にも触られずに長年仕舞われていたクラリネットと自分を重ねてしまった。
なんとかしてあげたい。
お前のポテンシャルを発揮させてやりたいんだ私は。
よし。
まずは、メンテナンスから始めよう。
クロスで本体を拭く。
青錆が発生しているリガチャー(リードを締める金属)は、妹が機械を導入して軽く研磨してくれた(妹は工具とか、結構なんでも持っている。)
数回しか使われなかったリードは新品のように美しかった。
さて、クラリネットを組み立ててみる。すると、ジョイントコルクが固くて抜けなくなってしまった。うーん、コルクグリスが必要だった...
クラリネット自体も安物であり、いろいろと難はあるものの、とりあえず音が出るか、確かめてみることにした。
私は、中学生のときに金管楽器(チューバとホルン)を吹いていたが、木管楽器は吹いたことがない。
しかし、マウスピースの役割は一緒だと思えば、口の使い方は似ているだろうと感だけを頼りにして、たっぷり息を吸い込み、管に一直線に吹き込んだ。
ぷー
よしよし。音は出たぞ。生きてるじゃないか。大丈夫、大丈夫。
運指はぜんぜん後で良いから、まずは音を大きく長く出したい。
ぷー ぷー ぷー
キャー!!
はい、出ました。
鳴らしたくないのに鳴ってしまう、不快なキーキー音。
これを「リードミス」と言う。
クラリネットの宿命と言わざるを得ない、ここが難しいんだよポイント。
ふむ。
これは、練習しがいがある。
どうやって、育てていこうかな。
ムフフ。
***
こういう経緯で、私はクラリネットを吹き始めることになりました。
「私は今、クラリネットを吹きたいんじゃ!」と、ある日突然思い立ったわけではなく、成り行きなのです。
たまたま、そこにクラリネットがあったから。
数年にわたり押し入れの奥に仕舞われて、久しぶりに外の光を浴びたらサビだらけだった姿が、忍びなかったから。
あと、健康にも良さそうだなと思ったのですよ。たっぷり酸素を吸って、吐く。これだけで代謝が上がります。暑いです。肺活量が現役時代より かなり落ちていることを身に染みて感じました。
あと、吹くときは口周りの筋肉を使うので、翌日 筋肉痛になりました。これも久しぶりの感覚でした。
さて、おいおい運指の方も練習しなければいけないのですが、昔は本や先輩に教えてもらったりして覚えたものです。今は、パソコンで調べられるし、アプリもあります。なんともまあ、便利な世の中になりましたねぇ。
ぼちぼち練習していきまーす。
余談
うちには、まだ、眠っている楽器があるようです。