言うべきか言わざるべきか
最近ちょっと迷っていることがある。
クラリネットを吹いていると、定期的にリード(振動媒体。ケーンと言う植物で出来ている)を買わなければならない。今だと私の使っているもので一箱三千五百円以上する。一箱には十枚入っているが、使えるのが果たして何枚あるか、は使ってみないとわからない。なのでまるまる捨てることになるかも知れないものを、身銭を切って買うことになる。
行きつけの楽器屋にはメンバーズカードがあり一割以上安く買えるが、店舗はこの辺りにはない。ネット通販はやっているが、送料がかかる。店まで行けば交通費が割引分より多いので、結局自宅近くの楽器屋に行って正値で買うことになってしまっている。
この楽器屋は近隣にいくつか店がある。
私の使用しているリードはフランスのヴァンドレン社のもので、俗に『青箱』と呼ばれているものだ。クラリネットをやっている人なら一度は手にしたことがあるだろう。かなり田舎の、いつから置いてあるかわからない商品が埃を被っているような楽器店でも、これは置いてある確率が高い。それくらい一般的な物である。だからどこに行っても買える。当然この店にも置いてある。
変わったメーカーの物は入手に苦労することも多い。どこでも買える、というのは愛用するにあたり重要なポイントなのだ。
この店には小さなリペアの工房と、音楽教室、楽譜売り場、ピアノと楽器売り場、がある。
ここの音楽教室は規模こそ小さいが、某大手楽器メーカーの運営する教室である。ピアノは勿論、フルート、クラリネット、トランペット、サックスなどのレッスンがあるようだ。生徒も幼稚園児から七十歳くらいの方まで、結構な人数がいるらしい。
この音楽教室に通っていると、店で扱う楽譜や音楽小物が一割引きになる、というお知らせがレジの前に貼ってある。良いなあ、でもここにレッスンに通う気はないなあ、と横目で見つつ支払いをしている。
ここに行くときは大抵練習帰りだ。だから楽器を提げている。
すると店員は
「教室の生徒さんですか?」
と聞いてくれる。カードがあるようなので嘘はつけないからいいえ、と答えると、割引はない。
ところが一人、この確認をせずに黙って割引をしてくれる人がいる。しかも名札を見ると『店長』と書いてある。
リードは輸入品だから、昨今は為替レートの関係で値上がりに次ぐ値上がりだ。ひと月に二、三箱は消費するので毎月一万円以上がコンスタントに飛んでいく。
だからこの一割は大きい。
一瞬
「私生徒じゃないですけど、割引良いんですか?」
と聞きそうになるが、喉元まで出かかったその言葉をいつも飲み込んでしまう。
向こうが勝手に割引するのだから黙っておいたら良い、ラッキーやんけ、と夫は言う。
私も心の九割九分はそう思っている。割引してもらったからと言って、リードの質の良し悪しに関係はない。でも私の心の中の『良識』という奴がいつも顔を出す。
「おーいええんかい?」
と脳内でささやく。
勝手なもので、私が罪悪感を覚えるのは精算の時だけである。
箱を開けて使いだすと、正値で買ったリードとなんら変わりなく、わだかまりもない。普通のリードとしてメリメリと包みを剝いている。ダメになればポイポイ捨てている。
自分がレジ係として働いているからかな、とも思うが働く前からそうなのでまず関係ないと思う。
私の性格、なのだろう。
罪悪感を覚えつつも、リードを買いに行って店長がレジに立つとラッキー!と思ってしまう。
結局得したい。じゃあええカッコすんじゃねえって!とせせら笑う声が脳内から聞こえてきそうだ。
そろそろリードが底をつく。また買いに行かねばならない。今度のレジも店長だったら良いなあ。でも人間としては生徒でないって言った方が良いんだろうなあ。今度はどうしようか。聞かれたら言うんで良いか?
私は毎度、迷える悪者である。