あったかい
十一月も半ばに差し掛かると、急な冷え込みも手伝ってか、急にお客様が増えるように思う。そんな慌ただしい先日のある日、レジに入っていると一人の女性客が駆け込んできた。
「入口でお爺さんが倒れてるから、誰か来て!」
と仰るので、レジをDさんに任せて、インカムのマイクを片手に正面玄関まで急ぐ。
最初の頃はこういうことを言われると驚いたが、最近は駆け付けた警備担当者や役職者の対応を見慣れ過ぎたせいか、頭の中で脳内マニュアルが出来てしまい、あまり動揺しなくなった。
『インカムで状況説明後、応援要請→警備員来る→役職者来る→その間に車いす用意→警備員が乗せてバックヤードにお連れする→私は見ていたお客様にお礼とお詫びを言う(つまりお開きにして、集まったお客様を散らす)』という一連の流れである。これを想定しながら対応する。
こういうハプニングがあると、必ず集まってくるお客様と言うのが一定数いらっしゃる。怖いもの見たさ、という『興味本位』族が殆どだが、中にはまるでお身内のように、何かとまめまめしく立ち働いて下さる方もいる。店側の人間としては凄く申し訳ないが、迷惑そうにしている方には何故かお目にかかったことがない。お礼を申し上げた後、
「あとはこちらで対応致しますので」
というと、大抵の方が
「ありがとう。よろしくお願いしますね。なんともないと良いんだけどね」
と言って心配そうにしながら、バックヤードに連れて行かれる方を見送って下さる。
有難いことである。
倒れる瞬間はその場にいた人しか見ていないので、倒れられた経緯を聞くことが出来るのは有難い。救急車を呼ぶときなど、倒れた状況を隊員に説明する必要があることもあるからだ。
先日の方も
「よろけながら入ってこられてね。ドアにもたれかかって、動かなくなっちゃったの。声をかけても返事しないしね、大変だと思ってね」
と言って下さったので、H副店長と
「貧血かも知れませんね」
「そういえば顔色、なんだか血の気がないね」
と話していた。
どうやら救急車を呼ぶほどではなく、お客様は暫く休んでから自力でお帰りになられたそうだ。
何事もなくて良かった。
見ず知らずの赤の他人に対して、
「大丈夫?救急車呼んでもらう?」
「今ね、お店の人来てくれたからね」
などと真剣に心配しながら、時間を犠牲にして、声をかけて下さるお客様の姿を拝見すると、本当に頭が下がる。そして一パート従業員ではあるけれど、私は『お店の人』なんだなあ、とあらためて自覚する。
この辺の近所付き合いなどは関西に比べると極めてドライだし、関西で感じたような『興味を持ってこちらを見られている感』が全くないのは、こちらに住みやすい理由の一つである。しかしうるさくなくて嬉しい反面、どこか寂しく感じてしまうこともあり、『こっちの人は冷たいのかな』などと思っていた頃もあった。
でも電車などで席を高齢者や赤ちゃん連れのお母さんに譲る行為は多分、関西より沢山目にする。若い人だとそういう方が前に立つと、『どうぞ』とも言わず、無言でさっと席を立ってどこかに行ってしまったりする。照れ臭いのかな、と思うが、席を譲るのは当たり前、と思っているように見える。
道を歩いていても、皆上手に道を譲る。歩道が狭い割に大勢が通るので、どうしても譲り合いしなければ歩けないのだが、皆必ずと言っていいほど自分から道を開ける。みんながするので、いつの間にか私も反射的にそうするようになった。
マナーが良い社会、というのは結局、他の人へのさりげない思いやりが当たり前のように出来る社会、ということなのだろう。こちらの住みやすさの理由は、ここにもある気がしている。
不謹慎と怒られてしまうかも知れないが、運ばれていく方を見送ってご協力して下さったお客様に頭を下げる時、いつも有難い幸せな気持ちが私の胸をほんのり温かくする。
人ってあったかい。