緑の紐
勤め先のスーパーでは、当然全員が名札をつけている。透明のホルダーに入っており、ケースに付いているクリップでポケットなどに咬ませて固定するようになっている。
このホルダーには紐がついている。紐の色は青、赤、緑、黒、の四種類ある。色はつけている人の職位を表しているそうだ。
入社から最近まで全く気にしたことはなかったのだが、聞いた時はなるほど分かりやすいな、と思った。
それからは、レジに来る人があると、つい紐の色をみてしまうようになった。
店長クラスは青い紐をつけている。店で私の知る限り、この青い紐をつけているのは店長の他にはI副店長一人だけだ。なかなかつけられるものではないらしい。
もう一人のK 副店長は赤い紐をつけている。これは数は少ないが、数人見かける。ウチの売り場のDさんもこれをつけている一人である。
定年後再雇用ではあるけれど、元々某店の副店長だったというから、そのままの職位なんだろう。
落ち着いていて、どっしりした雰囲気の人が多い印象である。
緑は結構居る。ウチの売り場だとYさんがつけている。
大体は課長の次の地位の人で、売り場を支えているベテランの実力者が多い印象だ。
子供靴担当のAさん、インナーのKさんなんかも緑の紐の着用者である。皆さん、何を訊いても正確且つ丁寧で痒いところに手が届く、迅速な答えが返ってくる人ばかりだ。
私のような超下っ端は黒である。これが一番多い。
服飾担当のMさんも黒い紐をつけている。
彼女は入社六年目だそうだが、最初レジ担当で入り、五年間をレジ係として勤めた。本人たっての希望で、今は売り場担当になっている。
緑の紐の人達と会話する時があると、彼女はいつもうっとりと先輩達を見送りながら、ため息をついてしみじみとこう言う。
「ああ、私も早く緑の紐になりたいなあ!」
なんとも可愛らしくて、つい笑ってしまう。
ウチの売り場のレジ係はちょっと特殊で、レジの仕事をしながらも商品についての知識が必要だったり、レジカウンターを出てお客様の案内をしなければならなかったり、商品出しを手伝ったりと売り場担当者のする仕事のサポートもする。普通のレジ係はしない事ばかりだ。
そんな事を毎日繰り返していると、なんとなく売り場のことを分かったような気になってしまう。
Mさんもそんなことを続けるうち、『なんだかレジよりも面白くて、やりがいもありそう』と思って職種転換を願い出たそうだ。
だが、売り場担当者はレジ以上に様々な知識が必要になる。
仕入れ、返品などに伴う伝票を扱うのも売り場担当者だけだ。特有のルールもある。
知識だけではない。商品をいくらで、いつまで売るか。売場の展開をどのようにするか。
売れ筋を見極め、売れない商品は損をしてでも早めに売り切って、売れる商品の為に売場を空ける。
口で言うのは簡単だが、全てをこなすのはとても難しい。失敗もしながら、試行錯誤しつつ続ける中で学んでいくしかない。
その積み重ねが『センス』を磨くのだと思う。
関東で服飾部門の売上ナンバーワンを何度も達成しているYさんに言わせると、『理由のあるカンが冴えてくるんだよ』ということらしい。
含みのある言葉だと思う。
緑の紐になるためには、試験もいくつかクリアしなければならないそうだ。免税、防災、クレーム対応など、試験項目は多岐にわたり、実技もあって、最終的には店長の面接を受けねばならない。
Mさんは憧れの緑の紐を目指して、日々懸命に頑張っている。
「もう少し力みが抜けると良いんだけどね」
Yさんが苦笑しながら言うのも、Mさんの耳にはあまり入っていないようだ。
Mさんの紐が緑色に変わるのを見届けてから、引っ越ししたいものだと思っている。
何も出来ないけれど、応援してます、Mさん!