LとR
師匠のK先生が
「クラリネットはいい加減な楽器です。どこかの穴を塞いで息を入れさえすれば、何かの音が鳴るように出来ている。こんな適当な楽器はそうありません」
と仰るのは、ある意味当たっていると思う。
しかしその『いい加減な楽器』に翻弄されている身としては、そんなことは口が裂けても言えない。先生くらいのずば抜けた技量と豊富な経験があって初めて、許される発言だろう。
確かにクラリネットが『どこかの穴を塞いで息を入れさえすれば何かの音が鳴る』のは、本当の話だ。なんなら一つも穴を塞がなくても息さえ入れれば音が鳴る。俗に『開放』(全ての音孔が開放状態、ということ)の音、なんて言ったりする。
リードを調節する手間はあるが、金管楽器のように自分の唇をブルブル言わせねばならない訳でもないし、弦楽器のように弦を押さえて弓を擦る必要もない。本当に『穴を塞いで吹くだけ』の楽器である。
それでも人間には一つの掌に五本、両手で最大十本の指しかついていない。これを駆使して『穴を塞ぐ』ことになるのだが、右手の親指は最初から戦力外だ。楽器を支える為にずっと指掛けに固定せねばならない。
左手の親指も外して良いだろう。本体上管の裏にあるトーンホールは、この指で塞ぐように配置されている。塞がねば音が鳴らない。
音をオクターブ上げる(本当はオクターブ以上)キーもこの指でないと押さえられない。
だから演奏の実働部隊は両親指を除いた、残る八本の指のみになる。
このうち、左右の小指は色々な場所にウロウロさせることになる。
右の小指が主に押さえるのは四つのキー。左の小指は三つである。
このうち、右のあるキーを押さえた音と、左のあるキーを押さえた音が同じ、というパターンが三つある。つまり左右違う小指使いで、同じ音が出せる仕組みになっている。
なぜかと言えば、右或いは左の小指だけ使って演奏していると、運指上『次の音を鳴らすのが絶対に不可能』というケースが頻発するからだ。
こういう場合は右の小指が無理なら左の小指を、左の小指が無理なら右の小指を使って音を出す。
凄い、と驚くなかれ。超初心者でない限り、これはクラリネット吹きの常識すぎる常識である。
ただ人間は意識していないと、どうしても自分にとって動かしやすい方の小指を使ってしまう。そうすると運指が無理になる。そして『おっと、これは左じゃ無理だったぜ』となり、もう一度初めから右手で練習し直すことになってしまう。つまり余分な時間を食う。
左利きの人が右利きに矯正するほどの苦労はないが、無意識というのは厄介で、油断していると運指が困難になるにも関わらず、つい使い慣れた方の指が動いてしまう。スケール(音階練習)などで毎日練習はするが、それでも『う?この場合はどっちの指だっけ?』と一瞬分からなくなって、演奏が止まってしまうことはお恥ずかしい話、往々にしてある。
だから私の場合は楽譜を貰ったら、該当する音を右左どっちの小指を使って演奏するか、譜読みの段階でシュミレーションしてみることにしている。
そして自分がつい、いつも使ってしまう小指と違う方の小指を使用せねばならない時は、譜面の該当箇所に小さく鉛筆で左の時は『L』、右の時は『R』と書く。Left、Rightの略である。私は師匠に倣って大文字で書くが、小文字派もいる。
パッと見て分かり易いし、譜面を無駄に汚すことがなくて便利である。
同じようにしている人は多い。但し書く文字は人によって様々である。
思いっきり漢字で『右』『左』と書く人も多い。ひらがな派もいる。以前いたバンドに『み』『ひ』と書いている人がいて、一瞬何のことか分からなかったが、多分『みぎ』『ひだり』の略だろう。これは多分、かなりの少数派だと思う。
頭で思うより先に指が動いてしまうのを制御せねばならない時には、視覚に訴えるのが最も効果的なのである。
パッと見ただけで勝手に身体が反応出来るようになる日はいつ来るんだろう、と思いつつ、今日も楽譜に『L』『R』と書き込んでいる。
幾つになっても日々鍛錬、だ。