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人間として対等だから

最近、口にするのに抵抗がなくなった言葉に、
「この商品はお値下げ品でございますので、お客様都合での返品・交換は応じかねます」
というのがある。
レジに初めて立った頃はこれが物凄く言い辛かった。
『一旦お客様のところに渡ったものでも、再販売に耐えるものであればセール品であったって応じたって良いじゃないか。誰だって後から気が変わることはある。それがお客様ファーストの考え方だ』なんて言う風に思っていたからである。

返品や交換というのは、お客様の立場からするとやってもらえた方が良いに決まっている。同じ身銭を切るのなら、より自分の欲しい商品を手にしたいのは誰だって同じだろう。
そして店は『お客様の大切なお金を頂戴して、その要求を満たすサービスを提供する側』であるのも当然の理屈である。だから売った商品に欠陥があるなんて考えられない事態で、お客様から一方的に叱責されてもしょうがないことだと思う。
お渡しした商品が、お客様の支払ったお金と対等の価値がないからだ。

セール品は様々な事情で正札よりも値段を下げた商品である。
在庫がダブついている、シーズン遅れになってきた、使用に耐えない程ではないが少し傷がある、など値下げする理由は様々だが、百パーセント店側の事情だ。
つまり店としては『この商品は売り切りたい』という気持ちから値を下げている。戻されては困る。
そしてセール品は『今、この場にあるから安くなっている』のであって、『いつもこのお値段で提供できるのではない』し、『ここに出ているだけ』しかない。お得に買えるのは、より早くその商品を手にした方になる。つまり『早い者勝ち』である。
お客様がその辺りの事情を理解し、『それで良い』と納得したから買って下さる。
そういう条件付きの売買が成立する、ちょっと特殊なケースなんだと思う。

ここのところをしっかりと腹に落としていないと、ただただ
『お客様に返品・交換をお断りするなんて、失礼なことだ。店側の勝手な事情を押し付けるなんて』
という卑屈な思い込みに支配され、返品・交換に応じられない旨を告げるのが辛くなってしまう。
これは私に限った事ではなく、新しく配属された方は皆、最初のうち思うことらしい。
今居る新人のIさんも、
「とても言い辛いです」
と言う。

しかしお客様というのは不思議なもので、言い辛いからとモゴモゴ言うと、
「なんで?お金払ってんのこっちでしょ?」
などとツッコミを入れられることも多くなる。
かと言って、『言ったら良いんだろう』とばかりに機械的に言っていても、同じようなことを言われれば、やはり応ずる言葉は出てこない。
お客様と店側の暗黙のルールをしっかり理解しながら言っていないと、『この行為はお客様に対して失礼なのではないか』という、自己卑下の感情が先に立ち、しどろもどろになってしまう。
お客様はこっちのぼやけた焦点を見逃さない。しっかりと突いてくる。
自分の利害が絡めば、人間必死になって当たり前だろう。

ここで勘違いして、自分を必要以上に卑下しては事態は更に悪化する。
これまで何度も書いてきたが、『自分を卑下する』のはとても簡単だ。すぐに出来る。一見、凄く素直で従順な行為に見えるように思い込みがちだ。
しかしこの行為には致命的な欠点がある。
『自分を責めているようで、実は相手も責めていることになっている』ということだ。
やみくもに卑下する姿は『あなたは理不尽な要求をしているのですよ』ということを暗に伝えている。
だからこういう行動を取られたお客様は苛立つ。当然だろう。
火に油を注いでいるのは曖昧な認識に基づいた、店側の人間のそういう態度なのだと思う。

納得感ある接客を万人に施すのは難しい。
気の短い方、屁理屈をこねる方、上げ足を取ろうとする方、強引な方、本当に様々な方がいらっしゃる。
大切なのは、お客様に最大限の敬意と感謝を払いつつも、必要以上にへりくだらないこと。そしてお客様と私達は人間として対等であることを、自信を持って頭の片隅に常に留めておくこと。
その上でむやみに自分を卑下しないこと。
カスハラ防止はこれに尽きると思う。