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お姉ちゃんのお姉ちゃん

長女である所為か、無意識に誰かを庇おうとか可愛がろう、としてしまう癖がある。自覚はしているのだけれど、気が付くと『お姉ちゃん』気質が丸出しになっていて、相手が気付いていないであろうと思われる時でも、はっと一人赤面することもある。
もう少し気楽に誰かに甘えることを覚えれば良いのに、それが出来ないというのはちょっと損しているな、と思う。
そんな私が唯一、甘えられる『お姉さん』的存在として慕う人が職場にいる。
二階の衣料品レジの大先輩、Tさんである。

一度定年退職して再雇用でお勤めされているので、年齢は六十代半ば。再雇用の為勤務時間は短いが、朝の勤務も夜の勤務もなさる。
私がお目にかかれるのは、朝のシフトに入っておられる日だけだ。
朝、出勤のスキャンをしに行って、Tさんが順番を待っておられるのに出くわすと、それだけで嬉しくなってしまう。
同じように待っている食品レジのベテラン社員などと、楽しそうに談笑している姿は、ついせかせかしている朝の気分をちょっと和ませてくれる。
私を見かけると、ニコニコして
「在間ちゃん、おはようー。今日も頑張ろうねえ」
と朗らかに挨拶して下さる。
それだけで朝から良い気分になってしまう。

実は私は入社前にTさんと一度、言葉を交わしている。と言ってもレジで、ではない。
ウチのスーパーの近くに、バス停がある。ある日私がそこを通りかかると、バスがやってきて停まり、何人かの乗客が降りた。最後に一人の老婦人が杖をつきながら降りてきた。
ドアが閉まりバスが発車しようとした時、その老婦人がバスからいくらも離れないうちに、背中から倒れかかった。バスはゆっくりと動き始めていた。
このままでは頭を轢かれてしまう。私は慌てて持っていた荷物を道端に放り投げ、老婦人を引っ張った。
と気付くと、もう一人、前方から来た女性が、私とは反対の方の女性の腕を掴み、引っ張り上げていた。
老婦人はスイマセン、と謝り、運転士は慌ててバスを停めて降りてきて、大丈夫ですか、と言った。
幸い老婦人は無傷だった。運転士は私達にありがとうございます、というと足早にバスに戻って発車させた。
「なんともなくて良かったですねえ」
よちよちと歩いていく老婦人の背中を見送りながら私がそう言うと、もう一人の女性も
「ほんと、急に倒れちゃったんだもん。ビックリしましたよねえ」
と言ってニッコリ笑った。
人の良い笑顔だなあ、とほっこりし、なんだか良い気分にさせてもらった。
この女性がTさんだったのである。
入社してからこの時のことを話すと、Tさんは大きく目を見開いて、
「あ、そっか!あれ、在間ちゃんだったの!私、目が悪いからさあ!やだあ!」
と笑っておられた。

こういう職場での会話には、他人の悪口というのが当たり前のように蔓延しているが、Tさんはそういうことを言わない人である。
皆がなかなかレジ応援に来ない社員のことを批判していても、
「来てくれりゃ嬉しいけどね。彼も色々大変なんじゃないの」
と笑いながらさりげなくフォローするだけである。
一緒になって批判することも、過剰に庇うこともしない。ただその場の雰囲気をふんわりとした、良いものにしてくれる。
一緒に居て落ち着くし、心が和む。

ウチのレジのNさんは、入社後すぐにこのTさんの下で研修をしたそうなのだが、
「めちゃんこ良い人ですよねえ。いっぱい助けてもらいました。不機嫌になったりしないし、いつも優しいし、私も大好きです」
と慕っている。
ウチのレジを手伝いに来て下さることもあるのだが、
「在間ちゃん、なんかやっておく作業があったら手伝うから、言って」
とか、
「トイレ、行かなくて平気?いつでも遠慮しないで言ってね」
とか、自分から声をかけて下さる。
年長者なので後輩が遠慮していないか、と気にしておられるようだ。
その声掛けが実にさりげなくて、いつも胸がほこほこしてしまう。

この歳になって、私にも『お姉ちゃん』が出来たような、そんな気分になっている。
Tさん、今日は早番だろうか?会えると嬉しいな!