ささやかな攻防戦
ウチの店では少し前まで、一人のお客様の応対にちょっと神経を尖らせていた。
最初は遅番のIさんが応対したらしい。同じリュックを三点もお買い上げになられたので、『お子さんの分かな、三つも同じものを』とIさんはちょっと不思議に思っていたそうだ。
ところが翌日、早朝番をしている私のところに、このお客様がこの商品を全て持ってやってきた。
「これ、全部返品したい」
と仰る。
別に普通に受け付ければ良いのだが、お客様のご様子がちょっと引っかかった。
ソワソワして落ち着きがない。
返品の理由をお尋ねすると、
「同じようなのを家族が他の店で買って帰って来たから」
と仰るのだが、目が泳いでいる。
商品に毀損はなく、タグもついたままだ。レシートもちゃんとあるし、日付も一週間以内である。だから本来ならやって良い返品だ。
でもなんかおかしい。しかも三つ一気に、一日で返品ってどうなんだろう。そういうこともありうるけど、このお客様何か様子が変だ。
不審に思った私は、社員のNさんをインカムで二階から呼んだ。
Nさんがやってきて、お客様に応対して下さる。
「何か不都合ございましたか?」
これは定番の質問だ。私も既に一度、している。
するとお客様は無表情に
「これ、背負うと暑いから」
と仰った。さっきと返品理由が違っている。
「そう仰られましても・・・リュックの背中に接する部分はどうしても暑いです。こちらの商品はメッシュになっていて、少し緩和されているかと思いますが・・・」
いつも丁寧な接客をするNさんも、そう言いながら妙な感じを受けたようだ。
「いいから、要らないから。返す」
お客様はムッとした様子でそれだけ言うと、それ以降、何を言っても返事しなくなってしまった。レジの前で口をへの字に結んで、突っ立っている。
「取り敢えず、商品に問題はなさそうだね。ずっと押し問答していてもしょうがないし、受け付けようか。ごめんね」
Nさんが小声で私に言う。
「はい、わかりました」
私は普通に返品作業を行って、代金をお返しした。
「何かご事情おありかな」
Nさんがお客様を見送りながら、ささやく。
「かもしれませんね。ありがとうございました。一人で応対するの、ちょっとどうかと思いまして」
「だよね。Dさんが午後出勤なんだね?一応、こんなことがあったって伝えておくよ」
「お手数おかけします」
Nさんと二人して首を傾げつつ、それぞれ元の業務に戻った。
それから二日後。
件のお客様が、またやってきた。
「これ、気に入らないから返品したい」
と仰る。
レシートを見ると、前日の午後にYさんが接客している。商品はバッグが二つ。おかしなことに、一つは三時頃のお買い上げ、もう一つは五時頃のお買い上げだ。
「気に入らない、というご理由では返品の受付は致しかねますが」
思い切ってそう言うと、
「でも、要らないから返す」
と言い張る。またレジ前から動かなくなってしまった。
またもしょうがなく受け付けた。
すると、十分くらいして今度はリュックを手にやってきた。
「これ下さい」
と仰る。
おいおい、もしかしてこのお客様、返品マニアなんじゃないか?
しかし代金を支払うと言っている以上、売らない訳にはいかない。
黙って精算を済ませた。
しかしこれはマズイかも、という気になった私は、こっそりお買い上げのレシートのリプリントを取り、連絡ノートに貼り付けて
『先日来、返品と購入を繰り返すお客様です。理由も二転三転しますし、本当ではないと思われます。Nさんもご存知です。対応、気を付けて下さい』
と書いておいた。
こんな感じで、このお客様は数週間に渡って買っては返品を繰り返した。
NさんとDさんから話を聞いたI副店長も接客したが、それでもやって来る。
とうとうDさんが切れた。
ある日、いつものように買い物に来られたこのお客様に、品物を渡す前にこう言った。
「お客様、いつもありがとうございます。恐れ入りますが、このところ何度もご返品にこられておりまして、私どもも困惑しております。ご事情はあるかと思いますが、あまりに度重なりますので、今後お客様のご返品は受付できないということにさせて頂きます。お聞き入れ頂けない場合は、業務の妨害ということで、警察にも相談させて頂くことになりますので、よろしくお願い申し上げます」
お客様は明らかに狼狽えた。そして精算の終わった商品をひったくるように持つと、レジ前から去っていった。
これ以降、このお客様は来ていない。
でも、最後にお買い上げになられた商品は、ご自宅にまだ沢山置いてあるはずである。あの商品、どうするつもりなんだろう。
本当に色んな方が来られるが、こういう方は困る。
お気の毒ではあるが、取り敢えず来られなくなって、ホッと安堵している。