おるやん【テニス】
余裕がある人ほどモテる。いや、違うな。
余裕がありそうに見える人ほどモテる。じゃあどこに余裕を感じるか。
立ち振る舞い、表情。話しかけても良さそうな雰囲気。
感情が表に出ない人ほど強い。いや、違うな。
感情をコントロールできる人ほど強い。じゃあどうやってコントロールするか。
目を閉じて深呼吸。今の光景が残るなら、いっそ打ち終わった後のルーティンを作るのもいいかもしれない。定型。これが終わったらこうする。それをすることに思考を向けて、良いも悪いもリセットする。
どうなりたいかで考えたとき、自然好ましく感じるものに目が行く。だからそれは偶然だった。偶然目にすることで新たに分岐する思考。
7割で愛する力。
元々瀬間詠里花選手が好きで、彼女の人柄を説明するのに「うまくいかなかったらまだまだ努力が足りなかったんだって思うようにしてる」という発言が適当。憧れのサッカー選手メッシの言っていたことらしく、プロ18年目、36歳の彼女は今尚現役を続けている。とにかく熱く、一球入魂。声を張り、いつだって全力でテニスをする。
そんな彼女の全日本女子ダブルス決勝、ペアとして隣に立ったのは若干19歳、プロ1年目の伊藤あおい選手だった。まるでタイプが真逆の彼女は、ふらあと一般スクール生が紛れ込んだかのように、服装からしてゆるい。半年前のITF柏大東建託OP決勝とか、パッと見Gパン生地かと思った。ふとガチのパジャマでコンビニに行くあのちゃんを思い出す。
プレイスタイルもシェイ・スーウェイ選手を彷彿とさせる脱力系で、もはや全身全霊で対峙する相手がいいカモにしか見えなくなってくる。そうして瀬間選手が好きである以上、シングルスでの対戦相手としての伊藤選手はいい印象がなかった。けれどこの度、ペアとして決勝に立つのを見たとき、その印象がガラリと変わった。
ぽやんとしたロブを上げる。
おちょくっているようにも見えるその球威。けれどもベースラインギリギリに落ちる。
右に左に。いいように走らされる相手。
念のためだが、同じくロブを打ってくる相手なら100歩譲って分かるとして、ガチのプロのフォアストロークを、このぽやんとした打球に変換する力すごいぞ。
インパクトを見れば分かるのだが、きちんとキャッチしてる。
入るかなーではない。こうしよう100%でもない。
耳を傾けて、受け取って、私はこうしたい。そこにきちんと主体性があり、ビジョンがある。次第に無理の生じ始めた相手の視野が狭まったところで、音もなく前に出る。ボレーでフィニッシュ。この「音もなく」ってのがまたすごい。気づいたらいる。全域見える定点カメラで撮った映像であるにも関わらず、何度見落としたことか。
どこに来るか分かってる。だからそこにいる。
何も特別なことはしていない。攻撃パターンがあって、その通りに動いているだけだ。ただ、先にも述べたように精度が高い。ロブの他、サーブ、左右の振り回し、それにバックハンドでの打ち合いからのダウンザライン。あと忘れちゃいけないのがやる気のないスライス。ちっとは腰落とせよ、と言いたくなるぐらいペイッと打つ。
なんとか初タイトルが欲しい瀬間選手の熱量に圧され、並んで座りながらもどこか所在なさげな伊藤選手。瀬間選手が決めたのを「すごおい」と指先の拍手で称える伊藤選手。同じ目標、同じ方向を向いているはずの二人の温度差に、こっちが狂わされる。
元々競技にかける熱量やキャラクター、年齢まで近しい瀬間選手が好きで見始めた。けれど同じ方向を向くことで自然味方の美点に目が行くようになる。
伊藤選手は良くも悪くも影響されない。違う。影響され過ぎないように一線引いてる。隣でやかんピー鳴ってて、気にならない訳ないのだ。若干19歳の彼女から感じるのは余裕。感覚としては「怒っても怖くない子」
瀬間選手の感情の振れ幅を0−100とした時、30―70みたいな。どこか余裕を持って自分の範疇で全て収めている感じがある。
もちろん本当のところは分からないけれど、それができるのは「仕事だから」と割り切ってるからじゃないかと推測する。大方好きという感情にコントロールは効かない。本気であればあるほどに依存度が増し、どこか見返りを求める感覚すらある。
命を削るようにして打った一球をいなされる。ぽやんとしたロブに変換される。どれだけの覚悟で、どれだけの思いで打ったとしても、どれだけキレイなフォームで、どれだけキレイな放物線を描いたとしても、知ったことではない。ルール上の価値は同等。この温度差にこそ嫌な自分が生まれるのを感じる。
そんなつもりはなかったのに。
自分はこれだけ尽くしてるのに、という自我が首をもたげる。
無意識に相手にも同等のものを求める。
出力「させる」ストローカー。
自分がどう見られるかではなく、相手のどこを見るか。
いつだって強いのは余裕のある方。
感情を70に収めることのできる方。
そういう意味では、成果にこだわりたければ伊藤あおい選手はいい手本と言える。
じゃあ私自身、どうなりたいかで考えた時。
「なりたい」の一心でなれる訳ではないことはもう知ってる。だから大事なのは「できること」と「したいこと」。最終この競技に何を求めるか。
徹頭徹尾変わらぬ思い。やっぱり私はラリーがしたい。それも自己肯定感の上がる相手と。できているつもりで怠っていること。都度修正をかけながら。胸を張ってできなかったことができるようになったと言いたい。
今いるクラスでも振り替えでいろんな人に遭遇するし、時にとんでもない輩が現れることもある。そんな時、また来たいと思えるような力を蓄えておきたい。戦略が大事なのも分かってるから、完全に離れるつもりはないけれど、ベース力ある人とのラリーがいつでもできるように備えておくこと、今いる環境を整えておくことは、それにも増して大事なことに思える。
ノッポさんは必ずコートに入る。上級トップスピンと30分は打てる環境。
ほとほと私は運がいい。