小さな同志
ふと立ち上がって振り返ると、愛猫と目が合った。
先だって、目が合うためには条件として目線の高さが近しい必要があり、そもそも体重3kgに満たない小さな生き物を引き合いに出せば、相応の高さの場所に登らなければいけない。そう。
目が合った。キッチンに前足をかけた状態のおかゆと。
瞬時に凍りつく空間。しかし奴は知っている。私の攻略法を。だからこっちは先手を打って目をつむる。これで「ゆっくりまばたき」は無効。そのままじっとすること数秒。
足元にふさふさが当たる。見下ろすと、小さな生き物が私と同じ方向を向いて並んでいた。その様子はまるで同志。
〈けしからん奴がいるもんですな!〉
いや、おみゃーがな。
そんな彼女も我が家にやってきて半年が経とうとしている。始めこそ必死でついて回って(今もだが)にゃーにゃー鳴き続けて(今もだが)首か膝の上でくつろいで(今もだな)自由に日々を過ごしているが、そんな中でも多少の変化は見られるもので、
猫が高いところを好むのは「見晴らしがよく、外的に見つかりにくく、獲物を見つけやすい」ためらしい。
相も変わらず甘えたな君は、座っていれば膝に乗り、身体を丸める。けれど
マジモードでタイピングしている時、こたつと私の間に自分の入り込める隙間がないと分かると、向こうに行って、少しの間おもちゃで遊ぶフリをして、こっそりキッチンへの侵入を試みる。
猫は狩りの本能が故、基本足音をさせない。だから分かる。
緊迫した空気。マジモードで決死の侵入を試みるその気配は、違和感たっぷりの静寂に変わる。分かる方には分かると思うが、無音の方が怖い。目の届かない所で絶対何かが起こっている。
振り返って目が合う。「にゃっ」と一声、飛び降りる。「飛び降り」ている段階でon the キッチン、明白なギルティだけどな。
そんな「だるまさんが転んだ」を繰り返すうちに、夕飯の支度を始める時間になる。キッチンに立つと、君は自分のケージに乗って観覧を始めた。思い出すのは、初めて家に来た頃。
まだ距離があって、同じ空間でも部屋の隅と隅にいた。私はキッチンに。君は和室の窓際に。高い声を好むと聞いて、仲良くなるために「創聖のアクエリオン」と「残酷な天使のテーゼ」を繰り返し口ずさんでいた。
だんだん近づいてくる。キッチンの向かい、ケージの上で「はやみ’sキッチン」を観覧するようになる頃、君はよく鳴くようになった。人は音でやりとりをするのだと理解した。
「にゃあ」
水の音。
包丁がまな板に当たる音。
炒め物をする音。
大方ここで起こる音の種類を把握すると、背を向けて部屋全体を見渡す。一瞬、この小さな生き物が膝の上にいるように錯覚する。
同じ方向を向くこと。
膝の上にいる時は見える景色もなく、ただ丸まっていた。
同じ方向を向くこと。
窓際、ひなたぼっこをしている傍に寄って「今日はあったかいね」と声をかけると、君はいつも不思議そうに見上げた。見上げて、何をかしゃべりかけてくる大きな生き物を、自分にとってどんな存在か振り分けようとする。
「自転車だよ、ホラ」と言っても「ワンちゃんがお散歩してるね」と言ってもじっと見上げていた君が、背後から聞こえる音を気にする事なく、広い空間を見渡しているという事実。
足元に当たったふさふさ。君は
時々ハッとするような大人びた表情を見せるようになった。
一生懸命後を追って、一生懸命見上げて、必死でこたつと私の間に潜り込もうと鼻先を突っ込んでくる姿はいつまでも子供で、その関係は変わらないものだと思っていた。
物音に反応して背筋を伸ばす。窓際まで駆けて行って偵察を終えると、戻ってきて再び同じ場所に腰を下ろす。
親離れ子離れ。さて、笑っちゃう程いい勝負。
信頼できる同志。君はいつか、かけがえのないパートナーになる。そんな予感がした。
ねぇ、おかゆ。