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日本一小さな町のnote #10[茶]
早川町の名産には「お茶」があります。山梨県でも南西で静岡市に接するだけに、環境的にも、それにともなう食文化も静岡に近いようです。町内にはいくつか茶畑のある集落がありますが、もっとも盛んなのはまさに静岡との県境にある硯島地区、雨畑とも呼ばれる一帯です。
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昭和31(1956)年に6村合併で早川町となるまで、このあたりは硯島村でしたが、さらに明治7(1874)年に大島村と合併するまでは雨畑村でした。その名の通り一帯は雨が多く、しかし砂利+傾斜地で水はけは良好。さらに寒暖差が大きく、お茶の栽培に最適なのです。
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2016年に出版した僕の写真集『日本一小さな町の写真館』のカバーに使っている写真も、雨畑のお茶摘みで撮ったものです。
もっとも雨畑は山あいで大規模な茶畑が広がるわけではなく、栽培の主な目的は自家消費。それゆえに無農薬で慈しむように育て、丁寧に摘まれています。お茶本来の旨味や香りが豊かで、幻の銘茶とも評されています。
収穫は例年GW明けに行われ、人家と茶畑が多い老平集落や本村集落は普段の静けさから一転、人や軽トラの往来が多くなります。今回は製茶工場もある本村集落で、収穫の様子を撮影させていただきました。
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この日は早川沿いの大島集落で島根芋(とうねいも。里芋の一種)を育てている方々が、工場の近くの小さな畑で収穫をしていました。もともとこのあたりでは持ち回りで作業をしていくのですが、高齢で収穫作業ができない所有者も多く、こうして他の集落から助っ人が来たり、町外に住む出身者が帰省して手伝っています。最近は機械で収穫をする人もいるようですが、ほとんどは昔ながらの手摘み。慣れた手つきで、素早くきれいな茶葉を摘み取っていきます。
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畑の所有者のお宅でひと休み。実は今回、“社会科見学”として5歳の息子を連れていったのですが、お茶のもとが木の葉だと知って驚いていました。今の子供の頭の中では切り身が海を泳いだり、塊の肉が山を走っている…なんて話も聞きます。でも動物も植物も実際に生きている様子や、こうして収穫する場面に触れないと、たしかに子供には本来の姿がピンと来ないよなぁ…と思いました。
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茶葉の上で蜘蛛が虫を捕まえ、食べるところに遭遇。虫が苦手な息子も興味深く観察していました。
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収穫した茶葉は袋に詰めて製茶工場へ。1袋で6〜7kgはあると思いますが、皆さん軽々と運んでいきます。そして工場で計量。秤に乗せていたのは#04[匠]で紹介した硯職人の中川裕幾さんです。雨畑の住人で自分の茶畑もありますが、そちらは後回しにして工場で汗を流していました。
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受付の壁にはチョークで「工場47年度より」の文字が。今年(2024年)で53年目ということになります。もっともこの工場が稼働するのは茶葉の収穫期だけ。今年はとりあえず4日間動くと聞き、その2日目に伺いました。中では近くに住む望月一誠さんが生の茶葉を蒸機へ。80歳をとうに過ぎていますが、動きは機敏で無駄がありません。
ちなみに茶葉は持ち込んだ人別にきっちり管理。最後の袋詰めまで行程も分けられます。茶畑を所有する人は、それぞれ天塩にかけて茶葉を栽培しています。一服するときはそんなふうに自分が育てたお茶を飲めるのです。もちろん畑ごとに土壌や日当たりも違うので、味も微妙に変わってきます。
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工場には一般生活ではまず見ることがない機械が並んでいます。なんと製茶専門の機械メーカーがあり、当然ながら所在地は静岡でした。
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茶葉の形を整える精揉機に張り付いていたのは、#03[猟]に登場した大木彩さん。冬は猟に出ますが、本来の肩書は集落支援員。町の農業を支えるべく奮闘しています。ここで働くようになって3年目。
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機械を使うといっても全自動なわけではなく、とくに水分を飛ばしながら揉む精揉は、火力や力加減を絶えず調整しなければなりません。まさに職人技。大木さんも工場長の澤村義之さんからコツを教わっていました。
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僕の写真集には、この工場で澤村さんを撮った写真が載っています。そのときも「網走刑務所」の前掛けが。父親の旅行土産だそうですが、これを締めないと気分が“製茶モード”にならないのだとか。この日は朝6時半から作業を始め、夜は10時頃までかかるかなぁ…とのことでした。「でもこの工場ができた頃は、昼夜交代で3週間くらいぶっ通しで製茶していたらしいからね」。
東京出身の移住者である澤村さんも、この工場を動かすようになってもうすぐ20年近くになります。お茶への熱量が高く、10年ほど前からは「雨畑紅茶 Ya!Tea」を製造販売。自分の茶畑が季節はずれの霜害に遭い、緑茶にできない茶葉の活用法を調べたところ、紅茶への加工を知りました。現在では鍵屋やヘルシー美里、おばあちゃんたちの店、ヴィラ雨畑など町内各所でティーバッグを販売していますが、香りや甘みのあるすっきり飲みやすい紅茶です。我が家でも絶賛愛飲中。
さらにお茶を究めるべく、澤村さんは今年も静岡のお茶どころへ出掛けたとか。手作業で製茶をしている農家を訪ね、自分が機械でやっている作業の意味を改めて確認できたとうれしそうでした。
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そんな澤村さんや機械の様子を見ながら、大木さんは手作りのお弁当で“サラメシ”。機械は動き続けているので、ひと口ふた口食べては操作。そしてまたひと口ふた口。なかなかお弁当の中身は減りません。頑張れ。
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そして最後、乾燥した茶葉をふるいにかけて袋詰めしていたのは、大木さんの後に地域おこし協力隊でやってきて現在3年目の山本国子さん。計量に使うのは、なんと分銅を使う秤! 山本さんも「ここにきて初めて触りました(笑)」。でも慣れた手つきで、手際よく袋をまとめていきます。
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緑茶としての雨畑産茶葉は入手困難なのですが、町内外のイベントなどで販売されることがあります。ペットボトルのお茶とはまったく違う、お茶本来の味と香り。ぜひ一度試してほしいと思います。そして澤村さんの紅茶も。
早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。
■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。