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【事例紹介】歯磨きにイノベーションを起こすGenicsは、いかにして資金調達の壁を乗り越えたのか

ロボット技術を駆使し、口腔ケアのあり方を変えようとするスタートアップ「Genics(ジェニックス)」。創業者の栄田源(さかえだ・げん)氏は、口腔ケアに課題のある介護現場や障害を持つ方々のために、全自動口腔ケアロボット「g.eN(ジェン)」を開発しています。

ハードウェア・スタートアップが直面する資金調達の壁に、Genicsも苦戦を強いられました。その際にメンターとして支援したのがHAX Tokyoでした。どのような支援を経て、Genicsは資金調達に成功したのかーー栄田氏とHAX Tokyoディレクター市村慶信へのインタビューで紐解きます。

アイアンマンを夢見て、スタートアップを起業

――栄田さんは早稲田大学大学院在学中にGenicsを創業したと伺いました。起業から、g.eNを開発するまでの経緯について教えてください。

栄田氏: 高校生の時に映画「アイアンマン」を見てロボットの可能性に魅了されたのをきっかけに、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科に進学しました。大学ではロボット工学を専攻していましたが、大学4年で受けたアントレプレナー養成講座をきっかけに、研究成果を実用化したビジネスに興味を持ちました。

その後、大学院の修士課程に進学し、研究室の先生や教員の方々、学部生も交えてビジネスのアイデアを話し合った際に、口腔ケアロボットの構想に至りました。それは、私自身やメンバーがうまく歯を磨けないという経験がきっかけでした。誰でも簡単かつ確実に歯が磨ければ、世界中の人々の健康にも寄与できると考えたことが、発想の原点です。

その後、1年間の海外留学を経て、口腔ケアロボットの実用化に向けて研究助成金を獲得できたのを機に、2018年にGenicsを創業しました。

――栄田さんが開発したg.eNの特徴について教えてください。

栄田氏: 口にくわえてボタンを押すだけで、自動で歯磨きや口腔マッサージを行うデバイスです。歯の汚れを取るだけでなく、口腔機能を維持・向上させる効果もあります。


Genicsが開発した「g.eN」(写真提供:Genics)

口腔ケアを怠ると、食事やコミュニケーションにも影響があり、体力低下にもつながります。現在、私たちは介護施設や障害者向けに事業を進めていますが、こうした現場では歯磨きの際に、利用者・介助者双方の精神的・身体的な負担や時間の拘束に加え、磨き残しなどの問題が起きています。g.eNを使うことで、利用者が自ら歯磨きできるようになり、磨き残しの少ない口腔ケアが実現します。

また、歯磨きに加えて口腔内をマッサージする機能もあり、口腔筋力の改善や唾液分泌を促す効果も備えています。

ニッチ戦略を阻む資金調達の壁

――HAX Tokyoとのやり取りが始まったのは、創業5年目の2023年と伺いました。どういった経緯だったのか振り返っていただけますか?

栄田氏: 当時、私たちが直面していた課題は資金調達でした。幸いにも創業時にVCから出資を受け、補助金や助成金も獲得して最初のプロトタイプが完成しました。開発した口腔ケアロボットを実証実験に回して成果を蓄積し、資金調達や売上につなげるフェーズにあったのですが、成果を蓄積するための資金が不足していて、先に進めないという状況に陥りました。

実際にVC各社を回っていましたが、望むような結果には至らず、今後の事業展開に悩んでいた時期でした。HAX Tokyoとは、ベンチャー支援をしているサードドアの土橋幸司さんを経由して、壁打ち会に参加したのが最初の接点です。

――壁打ち会では市村さんがメンタリングを担当していますね。当時を振り返ってください。

市村: その当時、既に介護施設で実証実験は始めていて、使った方から喜ばれていることはファクトは十分にありました。一方で資金調達を成功させる上では、プロダクトがどのように売れて、事業が成長していくかを一連のストーリーとして示すことが必要です。最初にお会いした段階では、その「ストーリー作り」から始めましょうという提案をしました。

初回面談の時点で資金ショートのリスクも見えていたことから、資金調達に向けたストーリーを作るための事業開発と並行して、足下のキャッシュフローをどのように回すかについても、オンラインでのやり取りを中心にサポートしました。

栄田氏: 3月と4月に1回ずつ壁打ち会でアドバイスを受けてから、夏まではメッセンジャーでのやり取りを重ね、秋から年末にかけて資金調達が大詰めになる段階では、毎週フィードバックを受けながら資料のブラッシュアップを重ねていました。その結果、12月には無事に資金調達ができ、初号機ローンチと併せて事業を次のフェーズに進める手立てが整いました。

アプローチする先を具体化し、定量的に表現する
――資金調達が無事達成できたポイントについて教えてください。

市村: 自分で手を動かしながら開発を進め、チームをまとめ、さまざまな人と会い、ユーザーがどのようにロボットを使うかを肌で理解する――この一連の流れを迅速に回すことで、プロダクトや事業計画が急速に改善できたことが大きな要因だったと思います。栄田さんの終電のタイミングで打ち合わせが終わることも、よくありましたね(笑)

栄田氏: 夜遅い時間に無理を言って、1時間だけ打ち合わせの時間を頂いたことが何度もありました。

市村: 事業計画の面では、プロダクトの良さと市場のポテンシャルをどのように伝えていくかを何度も議論しました。

Genicsの場合、歯磨きに課題を抱えている人にフォーカスするのではなく、幅広い一般消費者に展開してクラウドファンディングで先行予約と注目を集める戦略も考えられます。一方で、歯磨きに対する課題が顕在化している人たちに対して、確実に喜んでもらえる製品を普及させていくことで、着実に実績と市場シェアを確保していく戦略もあります。

さまざまな選択肢がある中で、出資者の視点に立ったときに「最も確実性があり、ストーリーが明確な事業計画」を一緒に考えました。その際、どのような問いを投げかけても、栄田さんの中に明確な答えがあったので、点と点を線で結び、ストーリーとして成立するような情報を盛り込んで補強していったのが具体的なサポート内容です。

栄田氏: 最終的に実現したい目標はありましたが、それをどうやってビジネスとして成立させるかという点は創業当初からの悩みでした。市村さんには赤裸々に悩みを打ち明けることで、ビジネスとして成立させるプロセスの検討と実行を支援していただきました。


実際のエンドユーザーを対象にした実証実験の様子(写真提供:Genics)

市村: 当初は介護施設を対象にアプローチしていましたが、難病や重度の障害で歯磨きが難しい方への優先度を高めようという話をした記憶があります。その際、栄田さんは既に複数の患者会にアプローチしており、どのように広げていくかのイメージを明確に持っていました。そういった一連の流れを数値化することで、説得力のあるストーリーが描けるようになります。
例えば、患者会の会合に栄田さんが訪問した後のアプローチした人数、テストモニターに参加した人数、最終的に契約に至る人数、各ステップのリードタイムを可視化するだけでも、投資家からの見え方は大きく変わります。

一方で、事業を広げやすいプロセスを構築することも重要です。当初はデバイスを利用者の口の形に合わせるために、一軒一軒訪問してフィッティングしていましたが、このままでは事業を大きくスケールさせにくいという課題がありました。そこでオンラインを介してフィッティングをサポートする仕組みを構築した結果、大半のユーザーが直接訪問しなくても利用できるようになりました。これも大きなポイントでしたね。

栄田氏: それまでオンライン化できるか検証したことはありませんでしたが、数人のユーザーの協力を仰ぎながら、チュートリアル動画やオンラインサポート体制を構築しました。その結果、歯磨きに対する課題意識が強い方であれば、遠隔地でもオンラインサポートのみで対応できることがわかりました。

現状の歯磨きに対して不自由のない一般消費者であれば、初期段階の実証実験やサービスの導入試験に真剣に取り組んでもらえなかったかもしれません。一方で、歯磨きに対する課題が明確な人の場合、仮に導入に至らなかったとしても「この製品は応援している」「ここが良くなったら買いたい」といったフィードバックが得られるので、今後の開発にも確実に良い影響を及ぼします。こうして市場が求める製品を作り上げ、手頃な価格が実現できれば、自ずと製品は売れていくという確信が得られたことに感謝しています。

歯磨きのニーズが高いユーザーと共に事業拡大し、一般利用者へも展開


初期段階の試作品(写真提供:Genics)

――資金調達後の事業の変化について教えてください。

栄田氏: 調達前の2023年は手元にあるデバイスの台数も少なく、1年で10〜20人程度のデータしか取得できませんでした。2024年以降は、調達した資金を基に実証実験用のデバイスの台数を増やせたことで、半年で約100人分のデータを収集できるようになりました。オンラインでのフィッティングが可能になったことも、データ収集量を増やす上で大きく寄与しています。

貸し出せる数が増えたことで、利用できる人とできない人の境界線が明確に説明できるようになり、市場規模を説明する際にも明確な根拠を持って説明できるようになりました。利用できる人たちに対しては、「この人たちは製品化したら絶対に使ってくれる」という確信が得られるようになりました。また、利用できない人に対しては、自分たちの技術力が不足していることを課題として認識し、製品のアップデートに活かしています。

検証回数が増えたことで、高齢者や重度の身体障害者だけでなく、自閉症や発達障害を持つ方にも需要があることが最近になってわかりました。周囲とのコミュニケーションが難しく、歯磨きが十分にできていない方も含めると、当初想定していたよりも市場規模は大きくなります。まずは着実にデータを収集しながら、医療・介護や障害者向けに製品をブラッシュアップした後、2026年を目処に小型・軽量化したモデルのリリースを計画しています。その先には海外市場への展開や一般ユーザーへの展開も視野に入れています。

(取材・文:越智岳人)

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HAX Tokyoでは、グローバル展開を目指すハードウェア スタートアップや、これから起業を目指している方向けのカジュアルな壁打ち会を実施しています。

HAX Tokyoのメンターが相談をお受けしますので、ぜひお気軽にご相談ください。

【相談できることの一例】

  • 資金調達を成功させるためにピッチ資料を改善したい

  • ​開発 設計など製造面での課題があり相談にのってほしい

  • PoCの良い進め方、いいプロトタイプ(MVP)の作り方を教えてほしい​

  • 企業との事業連携や事業開発をうまく進めるためのコツを知りたい

なお、HAX Tokyoへのエントリーやお問い合わせも、こちらの相談会でお請けしています。詳細は下記サイトからご確認ください。

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