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イタリアの地下鉄車内で、開けられたカバン。

警戒心が緩んでいた。
いや、厳密にいうと過信していた。

なんせ、誰がいつ聞いても"最恐"の国の一つ、南アフリカで約一年近く、サファリのしまうまのごとく警戒心をもって生きているぼくだ。

一歩でも、私の領域に入ろうものならば、噛みついてみせるくらいの殺気を立てながら、イタリアのミラノでも道を歩き、電車に乗り、旅を進めている。


この1か月間のヨーロッパ旅行中、
色んな方に、"気をつけてね"と言われていた。


その都度、バカ言えよ。君のほうこそ気をつけるんだよ。

と思っていた。


そのわたしのかばんに、
あろうことか、最も危険と言われている地下鉄車内で、
旅行者なら誰もが警戒しているだろうそこで、
何者かによって、カバンを開けられた。

ぼくに、警戒心の殺気は持ち合わせていなかったのか。という事実に深く落ち込んだ。

ここからは言い訳をダラダラと書く。


サマータイムが終わってからというものの、スペイン、イタリアでは南アフリカの時と異なる8時間の時差が日本とある。ポルトガルに至っては、9時間の時差のなか、生活をしていた。


1時間の有り難みが、何よりも感じる。

これまでは、日本時間14時 (南アフリカ時間朝7時)で、な始業し、MTGをしたり、仕事をしていた。
しかしここヨーロッパでは、5時起き、6時起きが普通となり、ましてや最近は4時過ぎに起きざるをえないこともしばしばだった。


そんな中、新しい観光地に行くので、
早朝から昼過ぎまでの仕事を経て、
地域の特長や歴史を軽く調べ、訪れ、美味しいレストランに出向き、読めない単語と意味のわからない料理名に面食らいながら、その地域特有の酒を嗜み、ご飯を頬張る。

さらに、異常に歩く。

そうすると、帰宅と共にいつのまにか寝てしまい、夜中に目が覚めて、また少し寝る。

というような、なぜ過労度が溜まるためにこんな生活をしているのだろう、なんでこんな追い込んでるんだろうと自分が意味不明に思える日々を過ごしていて、"旅疲れ"を感じている。

そんな中、訪れた新天地イタリアミラノと地下鉄車内の話。


今日は、THE LAST SUPPER 日本語でいう、"最後の晩餐"を見てきた。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
修道院の食堂の壁面に描かれている

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院に行き、意図していない英語のガイドツアーに参加して、理解不能なボキャブラリーに辟易しながらも1枚のその絵だけで、約1時間以上もの解説を聞いていた。

そして、時間は夕方17:00過ぎ。

僕はこの日の夜、電車で2時間ミラノから南下し、フィレンツェに行く予定だった。

しかし、最後の晩餐を見ながら今日の自分の晩餐を考えていると、晩餐の前に、宿決めてないや。ということに気づく。

解説も終盤に近づいてきたことを機に、Airbで宿を探し始める。

午前中に目星をつけていた宿に、今日泊まれるか連絡をしていたがそのレスが返ってきてない。

というわけで、早急に別の宿を見つけて、そこに予約をとった。

一安心と思いきやその直後に、元々連絡していた宿から返事が来てしまった。

ダメ元で投げていた価格交渉が、
まさかの了承を得られたのだ。


なんというすれ違い。


もう少しだけちゃんとツアーの話を聞いていればこんなことにはならなかったのにという反省。

イヤホンが片耳しかないので、すごく聞こえづらい

なんか、すごく損した気分になり、いちかばちかで、とったばかりの予約のキャンセルを依頼する。

キャンセルポリシーには、一部返金可。
と記載があるものの、オーナー次第では全額返金に対応してくれる。(むしろほぼそう)


すると、
キャンセルも返金も可能ということで、承諾を得た。

そして、元々のオファーの人に連絡をして予約の確認をする。


という、やり取りを、
僕はミラノの電車の地下鉄に乗りながら行っていた。

フィレンツェに行くには、最後の晩餐の絵がある修道院から、ミラノ中央駅というところに行き (5駅程度)、そこから高速鉄道に乗る必要があったので、地下鉄に揺られていた。

イタリアで2番目に大きい駅

しかし、そんなやり取りに夢中なっていたのと、駅名が覚えられないことも相まり、なぜだか、二つほど早く駅を下車してしまった。

改札を降りてキョロキョロしてようやく、
目的の駅じゃないことに気づく。

あーあーあーまたやってしまったと地団駄を踏みながら、再度電車に乗り直す。無駄遣い。


そして、再度電車に乗り、目的地駅に辿り着く。

エスカレーターに乗ると、同い年くらいのカップルが急に後ろから僕に話しかけてきた。

「Hey, Your Bag is Open!Be Careful」と。


呆然。というのはこういうときに使うと辞書に記したい。

え、まじか。 
と目の前は白く、顔は真っ青になる。

思考が巡る。

あれ、あれなんか取り出したんだっけ?
その時に開けっ放しにしたのか?

修道院では、荷物をロッカーに預ける必要がある。
その時に何かしたっけ?


いやいや、それは無いなと瞬時に正解に導く。


まさか、このカップルが、なにやらそういう手口で何かをおれにしようとしている?
というあろうこともない、疑いの目で見てしまう。


彼らの心配そうな表情をみて、
そんな思考をした自分を罵る。

よし、とりあえず落ち着こう。と、


「教えてくれてありがとう!
多分、大丈夫。」

と、伝えてその場を後にする。


歩きながら、急いでカバンの中を確認する。


何がなくなっているのかわからない。

だから、つまり、


おそらく、

何もなくなっていない。笑

なんでも入る魔法のTHE NORTH FACE

カバンというより、リュックを背負っているのだが、写真の左側のチャックは7割くらい開いていた。

いつもならそこにPCをいれているのだが、今日は奇跡的に入れていなかった。
(流石にパソコン取られたら重みの違いで気づくか?笑)

そして右側のチャックは3割くらい開いていた。


こちら側には、パスポートやら貴重品やら色んなものをいれている。超危ない。

しかし、たまたま、ウエストポーチにそれらを入れてそのウエストポーチをカバンにぶち込んでいたおかげで、さすがにそこまでは手を伸ばせなかったのだろう、何も被害はなかった。
(バックインバックって大事だね)

でも、かなりゾッとしていた。
というか、ショックを受けている。

自分の警戒レベルや、危機察知能力。
てっきり、ハンターハンターのような纏 (てん)というオーラを身にまとい、なんでも気づく。みたいなチカラを備えていたと思っていたが自分にそんなものはないのかということにかなり、落ち込む。


開けられた事実よりも、自分の能力の方に目が向いてしまう。

雨が降っても、自分のせい。
という、自分原因論を掲げているからか、そこに腹が立ってしまう。


という、なにか取られたほうがnoteの記事にはなりやすいものの、何も取られなかったことをどうにか長々と高速鉄道に乗りながら書いてしまった。


宿は、取れました。

しかし。

改めて予約をとり、金額を確認したところ、価格交渉をしたこの宿より、キャンセルした宿の方が結果的に安くなっていた。

そして、キャンセルしたその宿は、おそらくAirbの手数料などは、戻ってこなさそうで、結果的に5,000円くらい損している。

何を取られたかって、カバンの中身ではなく、時間とお金がなくなったよ。

さて、フィレンツェつきました。
イタリアのいいところを探そうっと。


ではでは。

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南アフリカにいるSUZUKIです。
駄文ではございますが、 皆さまの幸せな人生に一抹の変化と進化を与えられたのであれ ば嬉しい限りです。 もしお役に立てたのであれば、お金ください☺️ #丁寧からの大胆お願い