無駄遣いを「湯水のごとく」という国は、日本しかない
ローマ帝国の水道の多くは、市民への安定供給に使われていました。
これは衛生対策としても大きいものがありました。
ローマ人は、清潔な水を飲み、清潔な水で食物を洗い、清潔な水で料理をし、毎日のように公衆浴場に行って入浴することで身体を清潔に保っていました。
これらのことで健康が保たれて、疾病の防止に役立っていました。
ローマ史上の悪疫流行の事実は、帝国が統治した地域の広さ、統治した年月の長さを思えば、驚くほど少ないと「ローマ人の物語」の作家塩野七生さんは述べています。
さらに、ローマ人の入浴好きは、その後の歴史にも例がないともおっしゃっています。
ローマ人の入浴好きを、時間と空間を越えて引き継いだのは、日本人でしょう。
このことを指摘したのが、漫画家のヤマザキマリさんです。
漫画「テルマエ・ロマエ」は、ローマ帝国の人物が現代の日本にタイムスリップして、ローマ帝国に日本の銭湯文化を伝える話です。
テルマエは、ラテン語で「浴場」という意味です。
この漫画の発想は、古代ローマ帝国の人間と現代の日本人しかできないのではと思います。
ローマ人にこのような入浴の習慣ができたのは、水道があり、十分な量の水を使えたからでした。
キリスト教が国教になると、キリスト教の他人に裸をみせることを悪とする考え方が広まり、肉体をさらす公衆浴場が禁止されていきます。
こうして西洋文明から、公衆浴場は姿を消していきました。
黒船に乗ってペリーが日本にやってきて、下田に上陸しました。
このとき米国人たちが驚いたのは、公衆浴場です。混浴にも驚いています。
本当に驚いたのは、ローマ帝国にあった伝説の公衆浴場が、東洋の島国にあることを知ったからかもしれません。
ペリーは日本人をこのように観察しています。
他国民の物質的進歩の成果を学び取ろうとする彼ら日本人の好奇心と、それらをすぐに自分たちの用途に適用させようとする進取性をもってすれば、鎖国政策の方針が緩められれば、日本人の技術は、すぐに世界のもっとも恵まれたる国々と並ぶ水準にまで達するだろう。
文明世界の今日までの蓄積をひとたび手にすれば、日本人は強力な競争者として、将来の機械的技術の成功を目指す競争に仲間入りするだろう。
日本人の公衆衛生は、ローマ人のそれとよく似ています。
日本人の衛生観念は、手を洗う、口をすすぐ、みそぎをするといった、いたるところにいる神様との付き合いの中で育まれてきています。
これは、水を得るのが容易だった日本の自然環境のたまものでしょう。
無駄遣いのことを「湯水のごとく」という国は、世界の中でも日本だけです。
モンゴルのご馳走は「茹でた肉」と聞きました。
貴重な水を使って肉を茹でることが、最大のおもてなしです。
世界の多くの国は、水は貴重なものなのです。
水は、公衆衛生の基本です。
水と人間との関わりの歴史を知ると、公衆衛生をはじめさまざまな文化や風習を知ることができます。
過去にあったことを日本人は水に流して忘れさることができますが、世界にはそのような寛容な精神を持たない国もたくさんあります。
水は、その民族の人生観を創ります。