【感想】果たして『憐れみの3章』は面白かったのか
こんにちは映画大好きハナマキです!
9月27日公開の映画『憐れみの3章』を公開日に見てきました!
今作もヨルゴス・ランティモス節満載の作品で謎が振り撒かれた作品でしたね〜
奇々怪界なストーリーですが、必ず明確なメッセージを作品に残す監督が本作に込めたメッセージを探っていきます!
作品概要
タイトルにある通り、この作品はそれぞれ一時間弱の3つの物語のからなる短編作品集です。
『R.M.F.の死』
『R.M.F.は飛ぶ』
『R.M.F.サンドウィッチを食べる』
それぞれ個性的なタイトルですが、このタイトルのおかげで私たちは難解なストーリーでありながらもそこに意味を見出そうとする楽しさがあります。
このタイトルについては、Part2にて追求しようと思います!
評価
作品の評価が分かれるヨルゴス作品。
私の率直な映画の評価は以下のとおりです。
・ストーリー ★★★★☆
・独創性 ★★★★☆
・演出 ★★★☆☆
・音楽 ★★★☆☆
・映像 ★★★☆☆
・総合 ★★★★☆
音楽は『哀れなるものたち』でも印象的でしたが、今作も人を不快・不安にさせるもので、物語が展開されたりキャラクターの心情が大きく揺れ動くシーンなどで効果的に使用されていました。
ストーリーを星4つとしたのは手放しで「面白い!」と評価できる作品ではなりませんが、タイトルや物語の中で見え隠れするメッセージがあり、見終えた翌日もこうして物語の謎について考察させる作品は、とても『趣深い』作品だと思うからす。
あと、エマストーンが出ているだけで満足なので総合も星4つにしました!
邦題によるミスリード!?
まず初めに考察したいのは映画のタイトルです。
邦題は『憐れみの3章』
3つ章で構成されていて、憐れみをテーマにした作品なのだと直感で理解できます。
原題は『KIND OF KINDNESS』
直訳すると”優しさの種類”。
邦題とは全く異なりますね〜
作品を見た後でタイトルの違いに触れてみると”視点”が違うことがわかります。
邦題は作品を見終えた観客の気持ちです。
原題は作品からのメッセージであると受け取れます。
この映画のテーマは「支配」であり、人生をコントロールされる人々が、目的のために奔走する姿はまさに”哀れ”。
しかし、彼らは決して強いられてコントロールされているわけではない。
エマストーンは演じる中で登場人物の共通点を見つけました。
キャラクターたちの矛盾した欲求に観客はモヤっとしながらも同情してしまう。
この映画の特徴であり面白い点でもあります。
邦題はそういった感情を”憐れみ”と称してタイトルにしたのだと思います。
原題はすごくシンプル。
『優しさって色々ありますよね〜』というメッセージをタイトルに込めたのだと思います。
作品を見た人は、どこに”優しさ”があったのかと思われるかもしれません。
私は色々な形の優しさを想像してみました。
そもそもこの映画の登場人物たちの関係性は実に奇妙です。
支配と服従、依存、カルト信教。
一方は他者の人生を完全掌握し、一方は抗うことなく支配下に置かれる。
誰かに人生をコントロールされる彼らのつながりの中に様々優しさが見え隠れします。
相手に服従し、言いなりになる利他心。
愛する者のためなら自死も厭わない愛情
狂った宗教的思想
飴と鞭
優しさとは親切であり、信頼であり、愛情であり、自己犠牲であり、信教。
広義な意味で捉えると作品のメッセージが少し紐解けるように思います。
そのことについてもタイトルで表現したのだと私は思います。
このタイトルの違いは作品の印象をガラッと変えてしまうため、
邦題に視点で見た人は少し作品の意図が分かりずらかったのでは?
R.M.F.とは”ダレ”で”ナニ”なのか
続いて、この作品の最大の謎である『R.M.F.』について考えてみましょう。
タイトルに大々的に銘打たれ、作品冒頭にR.M.F.が誰なのかを明示する描写があることから、彼の存在が重要であると観客は想像してしまいます。
1章のR.M.F.はジェシープレモンスら命を狙われる男性として登場します。
2章では、エマストーンを救出したヘリのパイロットとして。
3章では、奇跡の能力を持つ女性に、命を与えられる死体役として。
そして、エンドクレジットでサンドウィッチを食べる男性として。
同じ俳優が3つの物語の中で異なるキャラクターを演じる中で、R.M.F.は一貫して彼のまま。
奇怪な物語を紐解こうとする観客たちの”集中力”を削ぐ彼の存在は、中心人物というより異物です。
ヨルゴス監督は「3つの物語で一貫性のない登場人物の中に、物語をつなげる存在として登場させた」と語っており、意図的に彼の存在を謎のままにしています。
彼の存在には不可思議であり、異物であるという認識は監督の意図した部分なのかもしれませんね。
つまりは、R.M.F.とは誰で、何なのかは観客の心の中に宿るというわけですね。
私は、彼を覚醒剤だと思いました。
なぜならこの映画は「夢」だからです!
私たちは夢を見ていた
この映画はユーリズミックスの曲「Sweet Dreams」から始まります。
直訳すると「甘い夢はこれでできている」と意味不明ですが、素晴らしいことはこれから始まるというニュアンスをはらんでるようです。
まさに、素晴らしい夢のような物語の始まりを告げられた私は、夢のような不思議な体験をするのです。
また、物語の中でも2章と3章で夢が物語の鍵を握っていることからも、この作品が夢であると示唆していると考えられます。
そして、R.M.F.の存在です。
私が彼を覚醒剤だと称したのは、彼が夢のような物語から現実に引き戻す存在であると感じたからです。
物語を紐解こうとする観客たちは次第にR.M.F.の存在を忘れかける。
そうしたタイミングで彼はひょいと顔を出してくる。
特にセリフもなく、ファニーな見た目の彼は長く難しい物語に疲れた私たちはクスッとした笑いを誘われると同時に、物語が大きな展開を迎えるのではないかと、目を覚まします。
エマの奇妙なダンスやDodge Challengerやピックアップトラックなどの特徴的な自動車、ファックシーンなどどれをとっても現実感がないこの映画を見ている私たちは、夢を見ていたのかもしれませんね。。。
最後に
かなり長くなってしまいましたが、「憐れみの3章」をみた考察と感想をまとめてみました。
ヨルゴス作品は、理解し難い作品だけに「意味がわからないし面白くない!」といってしまいそうになりますが、必ず1筋通った理屈があるからこそ頭ごなしに否定はできない作品ばかりです。
監督からの挑戦状のようなものです。
私たちは、あーでもないこーでもないと意見を交わしながら、スルメのように長く徐々に味わい深くなる映画体験をすることができるのです!
皆さんはこの作品をどのように感じましたでしょうか。
ぜひコメントください!
最後までお読みいただきありがとうございました!