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歯塚傷子
2020年10月6日 22:11
…の電車は……両…——まもなく——番線に——…直通…上野東京ラ……品…—— 感情のない女性の声を遠くに聞きながら、少女は枕木を踏み越えた。 行きが…ります……黄色い…ブロック……がりください…こ…電…は 制御を失った機械は繰り返す。だが、その声が告げる列車はやってこない。少女は顔を上げ、線路の伸びる先を見渡す。平行線は川の手前でぶつり、と切れていた。千住新橋が落ちたのだ。荒川の向こうには街
2017年8月20日 19:05
その少女をAと呼ぶことにする。国家が人口の再生産にのみ固執した結果として、今や個人は名を持たなくなった。少女Aの曽祖父母の代まで、人々は固有の名前を持っていたというが、Aはそのことを知らずに生まれ、育った。Aは高校の制服のカッターシャツと臙脂色のリボンに、ブラウンを基調にした膝上7cm丈のチェックのスカートと紺色のハイソックス、こげ茶のローファーに身を包み、肩に合皮の通学鞄をかけて新宿の街をゆ
2017年3月2日 16:51
カヨはトーストを焼くのが世界一上手だ、と、言ったら、カヨは言った。あなたはコーヒーを淹れるのが世界一上手よ。 わたしたちの朝は、トーストとコーヒーで完成する。 ふたりで暮らす部屋に冷蔵庫と洗濯機を買ったら引っ越しのために用意した資金は尽きてしまって、ダイニングテーブルを買うのを諦めた。幸いにも部屋には作り付けのカウンターがあったので、わたしとカヨはそこで食事をとる。 だからわたしはカヨの