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あの言葉を拾いに。

土曜日の午前授業が終わった教室。早便のスクールバスはもう出発していて、教室内はがらんと静かだ。高い位置にある太陽が、人のいない教室をいつもより明るく照らしている気がした。まだ四月のはじめ、定期考査は先。そんな時期に高校に残って勉強をする同級生はおらず、いつもは居心地がいいとは言えないここも、人がいなければ気分がいい。

窓際に並べられた背の低いロッカーの上に、ごろんと横になる。春先の心地いい風がカーテンを揺らして、日向ぼっこにはちょうどよい。ぼんやりと目を閉じて、深呼吸をする。今日初めて、息をしたような気がした。

思春期という、病だな。なんて。自嘲気味に考えれば、痛々しい気持ちも誤魔化せるかもしれないと思っていた。そんな午後。

窓から春風に乗って、音が聞こえる。
校庭で懸命にボールを追いかけるサッカー部の声。音楽室で何度も同じ曲を練習する、吹奏楽部の音色。野球部のランニングの掛け声に、屋上のテニス部。

土曜の学校には、さまざまな集まりがある。そこでは皆、なにかの役割を負って、他人との関係を構築している。教室でひとり寝転がる、私以外みんな。

「いいなあ」

口からこぼれた言葉だけが、三階の教室の窓から落ちていった。

  〇

先日、我が街で古本屋のアルバイト募集を見つけた。現在休学の身の上であり無職真っ只中の私は、不思議とその求人に縁を感じていた。

本が好きで、学部時代に司書資格を取った。それから、専攻の関係で古本屋には度々訪れるし、きっといい勉強になる。

募集ページを前にして、スマホの前で少しだけ立ち止まる。うろうろと、ホームページを覗いたり、お店の名前で検索してみたり。

うーむ。どうしたものか。
少し悩んでから、一旦ブラウザを閉じた。

こういうことが、自分にはよくある。

それは、例えばインターネットで下調べまでした気になるお店に行くとき。素敵なお店の門構えの前で、右に左に、うろうろ、うろうろ。
ガラス張りの扉から、少しだけ中を覗いては、またうろうろ。

ちょっと一旦離れてみて、近くのコンビニにでも入ってみる。意味もなく、新商品のドリンク類を物色。店員さんの視線が痛いので、飲みたくもないのにお茶を一本購入。
それからまた、お店の前を通り過ぎる。

そんなことを、何度も繰り返すのだ。

  ○

先日、noteにサークル機能が追加された。一言でまとめると、同好の士が集まり、面白いことをする機能らしい。もう既に、いくつも興味深いサークルができている。

その中で一つ、気になっているサークルがある。

別に、サークルを主催されている方とも、その周辺の方とも、誰とも親しいわけではない。わけではないのだけれど、集まっている人たちをみると、なんだか楽しそうだなと思う。

きっとここに集まった人たちは、そのうちとんでもなく楽しいことをするだろうなと、そう思わせてくれる。

いいなあ。

スマホを前にして、ぽつんと、そうつぶやいた。

どこか既視感のある、この感情。その懐かしさを伴う苦しさを追いかけて、遠く高校の記憶が蘇った。

  ○

高校に入学したとき、吹奏楽部に入ろうかと思った。思ったけれど、結局入らなかった。
「勉強しなくちゃだし」「病気もあるし」「初心者だし」「迷惑かけるかもだし」
そんな、どうしようもない言い訳を並べていた気がする。

結局、私がなにを恐れていたのかって、人と関わる事だ。

大きな輪の中に入るのが恐ろしい。その輪の中ではじかれたり、孤独感を感じるようなことが起きそうで、嫌なのだ。そんな孤独感を感じるくらいなら、自分から孤独であることを選ぶ方が何倍もましだった。

幸い、どちらかというと孤独には強いほうだった。実は強いのではなく、強いと思っているだけなのだけれど。でも、私の周りの友人たちも、私は一人でも平気だと思っている。本当は、なにひとつ平気ではないのだけれど。

だから、結局部活には入らなかった。
それから、クラスのLINEグループにもほとんど参加しなかった。

でも、やっぱり、ひとりはさみしくて。それで、土曜日の午後に教室の隅で「いいなあ」なんて、呟いていた。

  〇

人は思春期からなかなか成長できないものなのだろうか。
いいなあ、なんて言ってるだけでは、なにも変わらないことくらい百も承知なのに。うろうろと、お店の前を何回横切ったって、自分で扉を押さなければ中には入れないのに。

高校生の自分に、すこし申し訳ないなんて、思うのだ。
あの時、思い切って吹奏楽部に入っていれば、もうすこし違った高校生活になっていたかな。大学の友人たちだって、私から連絡を入れれば、大人数で会うこともあったかな。だけれども、それが出来ないのが私だって、勝手に決めて、勝手に越えられないなんて思っていたのだ。

そう思わないと、惨めで仕方がないじゃないか。

  〇

でも、少しだけ大人になって、自分で決めた越えられない線って、結構簡単に越えられるのだと気づいた。

うろうろと、彷徨っていたnoteのサークル参加ボタンを押すことも。古本屋さんを訪ねて、バイトに応募することも。そんなに高い壁じゃないって、本当はもうちょっと低い柵なんだって、知っている。

この気になるお店の、ドアを押して入ってみよう。

あの三階から落ちていった「いいなあ」を、拾いに行こうと思う。

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