十年後、鏡の前に立つために。
「ああ、みなさんご成人おめでとうございます」
その日の授業の最初に、先生はいつもどおりゆったりとした声でそうおっしゃった。年が明けて間もない、最初の授業。もうほとんどの発表が終わり、あとは最終課題のレポート提出を残すのみだった。
正月明けの、午後の日差しが柔らかく教室に差し込んでいたことを、覚えている。
入口近くのいつもの席に腰かけた先生は、さて、と授業を始める前に、ちいさくひと呼吸を置いた。
それから、先ごろ成人式を迎えたばかりの、女学生の顔をひとりずつ確かめるように見る。
「あのね、」
先生がお話をされるときは、いつもこうだった。必ず、一拍おく。それから、ちゃんと話す相手を確認する。その空気に、私はいつも背筋が伸びる思いがするのだ。
「みなさんは、これで二十歳になられました。これから、社会に出たり、色んな人に出会ったり、様々なことが起こります。」
それから、また小さく呼吸を置く。
「今の顔、皆さん綺麗なお顔をされてますけれど、それはこれまでの二十年間で周りの環境やご両親、友人が作り上げてくれた顔です。今のあなたがいるのは、周囲の環境があったからです。」
いつもは穏やかだなと感じる先生のお顔は、こういうとき、ある種の鋭さを帯びているように、私は思うのだ。それは、真実を語る時の鋭さ。きっと、大切なことを手渡すときの、その真剣さ、真摯さだろう。
「ですけどね、次の十年は、自分が自分の顔を作っていく十年です。自分で選択して、自分で決める。そういう、十年です。」
それからもう一度、皆の顔を見渡した。
「だからね、三十になったときに、ちゃんと自分で作り上げた顔が鏡に映るようにしてくださいね。誰かのせいや、他人の力を自分の力だと思い込むのではなく。きちんと、自分で作り上げてください。」
「それが、次の十年で皆さんがやるべき、唯一のことです。」
先生はいつも、私たち学生に大切な言葉をくださった。
「十年後、綺麗な顔の皆さんにまたお会いできることを、願っていますね。」
〇
もうすぐ、私は25歳になる。
はたして、今の自分の顔はどうなんだろう。人から見て、綺麗だろうか。醜くないだろうか。ちゃんと、自分で作り上げていると言えるだろうか。
それが分かるのは、あと五年後。
今の選択も、今の迷いも、今の困りごとも。
十年後に、全部全部、私が自信を持って鏡の前に立つために。
実はこっそり、三十歳の誕生日を楽しみにしているのだ。
〇
みくりや佐代子さんのこちらのnoteを拝見して、思い出したことでした。
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