なぜ今日も、情けなく息をしているのだろう。

人生で「死にたい」と言った回数がわからない。「死のう」と言った回数も。

ただわかるのは、私は生まれてこなかった方が良くて、私が生きているから家族に問題が起きた過去が、事実だと言うことだ。
それでもなお、情けなくも死を選択することができずにいる。自己責任論は強固で、私たちは望まず産み落とされ、望まずこの身体に入っているのに、ただあるがままにあるだけで、生きる事を選択し続けている。

何故死ねないのだろう。何故死を選び取れないのだろう。
醜くも、今日も息をしている。

　　〇

姉と久方ぶりに喧嘩をした。
きっかけは、些細な言い合いだった。

「あんたが、病気になったことを不幸というのなら、病気になった上に不登校になった娘の面倒を見ていた母さんだって、十分不幸だよ」
姉は帰り間際、そういった。
そうかもしれない、でも
「子を産むって、そういう可能性を包含していて、その上で選んだんじゃないの」
　そういうと、姉は激怒した。

　姉の言うことも、十分わかるのだ。
　私が癌になり、母は看病につきっきりになった。思春期の私は随分と母とぶつかり、喧嘩をし、酷いことを言ったり言われたりした。時には喧嘩の末包丁を向けられたこともある。
　母は母で苦労をし、母は母で苦しみ、その末パニック障害を引き起こした。

　私が癌になり、学校にいけなくなり、家族は様変わりした。
　母は苦しみ、弟や姉はその騒動に巻き込まれた。

　私がいなければ、家族はこうはならなかったのかもしれない。
　だとしたらやっぱり、私は生まれるべきじゃなかったし、さっさと死ぬべきだったんじゃないか。今も、そう思えてならない。

　　〇

「よく生んで、面倒見て、育ててくれた相手にそんなこと言えるよね」
　姉が涙しながら激昂した。私も泣いていた。
「生まれてこなきゃよかったなんて」
　そんなつもりはなかった、でも、そう聞こえてもおかしくはないし、事実、もしかしたら私はそう思っているのかもしれない。

「産み落とされたのは事実でも、生を選択し続けているのは自分じゃん。」

そのとおりだった、死ねないのだ。日々こんなにも希死念慮と枕をともにしているのに、今日ものうのうと息をしている。

「いつまでも、病気を言い訳にするなよ。ガキみたいに、成長しない！！」

息があがって、呼吸が苦しくなって、肺が空気を欲しがるのにうまく酸素を送り込めない。

どうすればよかったのだろうか、どうすればよかったのだろうか。

知っている、姉が大学の卒業式にスーツで出席したこと。母が私のことに忙しくて、袴の準備ができなかったこと。知っている、姉がパニック障害の母の世話をずっとしていたこと。大学生活の傍ら、病院に連れ添ったこと。

知っている。知っている。私が姉の生活から奪ったもの。私の病気が家族から奪ったもの。私だけが不幸じゃないということも。

全部私のせいだってことも。

私が生きて、息をして、癌で、それが家族を不幸にしたってことも。

知っている。

私が生まれたことが、この家の不幸なのだと、知っている。

　　○

ずっと思ってることがある。大人になってからは、その感情を間違いだと言い聞かせた。自罰的な考えは何も産まないと、そう思って。

でも、どうなのだろう。

私にはわからない。いつまでもわからない。

私は癌だった。不登校になり、バセドウ氏病だ。第二次性徴期の抗がん剤治療は尾を引き、基礎体力がいちじるしく低い。バセドウ氏病も相まって、すぐに疲れる。

これは言い訳なのだろうか。これは言い訳なのだろうか。

私は永遠に、家族を不幸にした自分の体を引き連れて、そのことを反省して後悔して悔やんで罰されて、背負い続けて生きていかなくちゃいけないのだろうか。

「私は、あんたが不登校になった中学三年生のときのこと、全部覚えてる。もういい加減、大人になりなよ」

ちがうよ、姉さん。違う。私は知ってる、私がこの家の不幸の原因なんだって。知ってる、あなたが言外にそう言おうとしていることも、あなたが払った代償も、償えない失った大学生活も。知ってる。知ってる。知ってる。

私が生きていなければよかったってことも、知ってる。

　　○

布団にくるまって、死ねばいいのにとつぶやいた。死ねばいいのに。死ねばいいのに。私なんか、死んでいればよかったのに。

あの、中学一年生のあのとき。癌で、死んでいればよかったのに。

そうしたら、姉も弟も、母も父も苦しめずに済んだのに。

そう思うのに、今日も私は死を選べずにいる。

情けなく、息をしている。

　　○

でもやっぱり、わからないのだ。私は産み落とされて、癌になった。私の存在がまるごと、罪なのだろうか。産まれてきたことそれ自体を、後悔して生きていかなくちゃいけないのだろうか。

ねえ、どう思う。