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オチのない話をする勇気

自分の文章のパターンって、誰にでもある。

それで、私の文章のパターンは、たいてい最後に「でも」ってつく。でも、たまにはいいじゃん。でも、今は。でも、大人になったので。

別に全部が全部嘘なわけってわけじゃないんだけれども、これって結局、取り繕いなんだよな。

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noteを利用しだして、一月と半分くらい。一月とはんぶんって言うと短いな。なんだか、ずっと続けていたような気がする。一日の最後に文章を作る事で、毎日をちゃんと終わらせている感覚になるのかも。

最初はお綺麗なトリミングエッセイを書こうと思ってたんだっけ。なんでそんなことを考えたのか、よくわからない。ただ、文を書く場所が欲しかった。

でも、そのうちに綺麗な部分だけじゃ面白くないな、と思うようになった。それは、毎日外食でうまいもん食っててもやっぱり家のお茶漬け食べたいなって思うのと一緒。こんな生活あこがれるな~ってSNSで写真見てるけれど、そんなキラキラしたものばっかりだったら人生疲れちゃうよなって思うもの。

だから、もうちょっとひねくれたものを書きだした。
母とのあれこれとか、一人暮らしの粗雑な感じとか、ひねくれて後ろ向きな、そういうところ。だけれども、そういうnoteの最後にはたいてい「でも」ってついている。

でも、今の自分を肯定してます。でも、今はもう大丈夫です。でも、そんなに恨んでいません。そんな感じ。

これ、だれに言い訳してるんだろ。なんだか、四半世紀も生きててうじうじ悩んでることを恥ずかしいと思っているのかも。別に他人に当たってないからいいじゃないか。白いnoteにくらい好き勝手書けよって思うんだけれど、やめられないのだ。

あらゆる問題を「もう解決した」みたいに書くのは、結局取り繕いでしかない。実は何も解決していなかったり、達観しきれてなかったり。達観する必要なんてない、そんなことわかっているのに、仙人みたいになりたいって気持ちがある。

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「コミュニティに属する自分」みたいなものが幼いころから苦手だった。そういう人っていっぱいいると思うんだけど、人は時に「『コミュニティに属すのに向いてない僕ら』のコミュニティ」に入ってたりする。孤独って絶好の拠り所だ。

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それで、今、梅酒を呑みながらnoteを打っている。理性のタガを少し緩めれば、取り繕いたいって思うこともなくなるかなあって。

本当は全裸でいたいのかも。露出的な意味でなく、心の中。うん?それも露出癖みたいなもんか。

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たとえば、人と会った後。帰りの電車のなかで。

うわあ、テンション高かったな。らしくないし、なんか変なこと口走ったし、気が大きくなってたんだろうなあ。だっさい。もうやだ、穴があったら入りたい。

そんな風に思う。友達と会って、馬鹿みたいにはしゃいでいる時の私だって本物のはずなのに。不思議。

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なに書こうとしたんだけ、飛んじゃった。こういうこともよくある。あれ?何考えてたんだっけ。って。宇宙と交信しているのかも。母星に帰してくれ~~!

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地球も勝手に生まれて、しかも温暖化を進めている人類に、「地球あわない~」って言われても「しらんがな」やろな。そりゃな。

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孤独の拠り所もいいけれど、人と仲良くしたいなあ~~。青臭いことお話とかしたいな~~。その人の人生観とか、考えていることとか、ださいこと、ださくてかっけえこと、色々聞きたいなあ。

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「でも、今は受け入れてます」っていわなくても済むようになりたい。自分で先回りしてさ、ここに傷はあるんですけど、あ、もう治ってますので!っていうの、痛々しいよね。というか、自分が痛い。本当は全然、まだかさぶた程度なのに。そのかさぶたも定期的に引っ掻きたくなって、結局まだ血が滲んでいたりするのに。

病気についても、同じ。癌だったっていうタイミングって難しい。もう終わったことをどんだけ言うんだって思われたくない。んだけど、まだ終わってないんだよな。だって、体力全然ないし。あれ、これ最近もnoteで書いたな。何回同じこと言うんだよ。

「今はもう平気」って、嘘じゃん。全然平気じゃないじゃん。

平気じゃない自分を認めるのが恥ずかしくて、まだ私は昔の私を踏みつけて、無かったことにしてるんだ。

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これ、治るのに何年かかるの?大人の人に教えてほしい。

幼いころに病気だったアイデンティティをどう処理しているのか聞きたいんだけれど。いないかな、そういう人。

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今日のnoteは、オチを作らないって決めてる。

「でも、」って言って、綺麗にトリミングするのをやめてみようと思う。答えの出ていない感情を垂れ流して、それで得るものがあるんじゃないかな。そう思いたい。

踏み絵みたいにさ、「若かったから」とか「幼かったから」とか、「もう終わったことだから」とか。そういう風に、終わってないことを終わったことにするのって、無かったことにするのと一緒だ。

心の奥底で、本当はまだ泣いているのに。

自分の泣き声を無視すんなよな。

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