連作小説【シロイハナ】10

弟の話をしようと思う。僕には2つ年の離れた弟がいる。小さい頃から仲が良いんだか悪いんだか、沢山遊んだし、沢山喧嘩もした。


二人がまだ小学生の頃、弟と一緒にする遊びといえば、やっぱり野球が多かった。二人とも小さい頃から同じチームで野球を習っていた。


その頃住んでいたの家の周りは田んぼに囲まれていた。家へと続く道は一本しかない。車の通る心配もない。そう、絶好のキャッチボールスポットだ。弟と二人でそれはそれは夢中でキャッチボールに励んだ。


普通のキャッチボールに飽きたら一人がゴロを転がして一人がそれを取る。守備練習みたいにした。それも飽きたら、一人が座って一人が投げる。ピッチング練習みたいにした。それを二人が交互にやると、時間が過ぎるのはあっという間だ。すぐに辺りは暗くなった。



道路の左右はどこもかしこも田んぼだらけだ。少しでも暴投をすればボールは必ず田んぼの中へと入っていく。冬は稲刈りが終わっているから、ズカズカと靴のまま田んぼへとボールを取りにいく。言うまでもなく靴はドロドロだ。



夏は稲が生い茂っている。田んぼに入ったらもうお仕舞いである。ズカズカと田んぼに入りボールを取りに行くことすらできない。比較的道路に近い所にボールが落ちれば、すぐさま家に帰って虫取り網を取りにいく。一人がボールの行く末を見張っておく。


「ここ!ここ!」

「よし、ちょっと待ってろ、、」



「あった!」

稲を掻き分けボールをすくう。


「あったな!」



ボールを見つけたときは嬉しくて嬉しくていつも二人で、ニカッと笑う。




それしても、いくつのボールをなくしたことか。数え始めたらきりがない。ボールをなくしてもやっぱりまだキャッチボールがしたい。



「よし!」




家から新しいボールを持ってくる。キャッチボールをする。またボールをなくす。家に取りに行く。これの繰り返しだ。


もちろん靴はドロドロになる。冬なんか特にそうだ。

ただ、翌日には綺麗になっていた。洗うときの母の手はすごく冷たかったと思う。



ボールをなくしてもまた新しいものを買い与えてくれた。もちろん、無限にお金があるわけではない。


両親には、もっと感謝するべきだった。



*   *    *



「稲刈りをするおじさんにも悪いことしたなぁ。」

稲刈りのシーズン、野球ボールがいくつ出てきたことか。機械に挟まることすら日常茶飯事だったと思う。


「たぶん僕たちの仕業だって分かっていたよね。」


「うん、絶対分かってたね。」



「だけど、何も言わないでそっとしておいてくれたよな。」


「ほんとだよな。」





*   *   *





辺りが暗くなり、ボールはほとんど見えやしない。それでも僕たちはキャッチボールを続けた。


田んぼの中だ。もちろん街灯は一つもない。ただ、家の前に行けば自宅から光が漏れてくる。そこならまだ見える。どこまでも工夫してキャッチボールを続けた。


本当に真っ暗になるまで続けたものだ。終わりの合図はいつもこうだ。




「あんたたち、いつまでやってるの!ご飯食べるよー!帰ってきなさい!」




母の声が聞こえてからもうひと粘り。




「早く来なさい!ご飯冷めるよ!」



「はーい。」

これで家に帰る。まだ物足りないけど。



だけど、家に帰ってから食べる母の手料理はとっても美味しかったのを覚えている。すっごく温かかった。本当の意味で身も心も温まった。


いっぱい遊んでいっぱいはしゃいで、いっぱい食べていっぱい寝る。





絵に書いたような幸せがたしかにそこにはあった。


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