ランニング「腕振り」の物理
日本初?ランニングの「腕振り」に特化した本を、50代でマラソン3時間切りを達成したベテラン漫画家みやすのんき先生がまもなく出版。
僕のトライアスロンでも腕振りは得意技、いろいろ書いてきたけど、いろいろ書きすぎて、自分でも整理つかなくなってきて笑、基本的ロジックを中心に整理してみたい。(初稿2021/1/28, 更新すこし1/29)
基本の物理
みやすのんき本の紹介に「腕と脚の逆位相シンクロ」との表現がある。+と−を同じ形で合わせて0にする。ノイズキャンセリングでは、ノイズ音波と逆位相の音波をぶつけて、音を消す ↓
(出典:KDDI 騒音だけなぜ消える? 『ノイズキャンセリング』の仕組みとは)
腕振りも原理は同じ。両脚が作る角運動量(=回転運動のエネルギー)に、上体からの逆位相な回転エネルギーをぶつけて相殺するのが腕振り。
この状態、ノイズキャンセリングヘッドホンなら「無音」になるわけだが、音とは軽く小さな空気の粒子の振動。ランニングでは何十kgかの体重の移動、体重60kgなら、上下それぞれ30kgづつが動いた逆方向の力が衝突し続ける、というエネルギー量のケタの違いはある。
腕振りの物理
世界トップレベルのランを持つトライアスロン上田藍さんのこの写真の瞬間で、上半身と下半身の回転エネルギーは、
下半身:時計回り(引いた左腕+突き出した右腕)=青
上半身:反時計回り(キックした右足+振り上げた左足)=緑
交点: お腹~丹田あたり=白
となる。
(画像:2016年ブログ『トライアスロン用ランの「腕振り」とは骨盤起点の「振り子」 〜上田藍&ジョーゲンセン選手フォーム分析』に追記)
ここまでが基本。ここから考察。
この後で、逆方向のエネルギーが衝突するわけだから、
A) 上半身の反時計回りのエネルギーは、下半身に受け渡されて、キック後の右足を振り戻す(=ターンオーバー)
B) 逆にいえば、下半身側の時計回りのエネルギーは、上体側の動きと反発して、上体を反時計回りに動かす
となるのでは。
こちらの緑矢印がAの動き。左腕の引き+右腕の押し、がセットで、右脚を前に引き戻す。
これが、
❝上半身が強いねじりパワーを発生させ、骨盤を介して、脚に伝わる❞
という状態。「脚に伝わる」とは主に振り戻し動作=ターンオーバーが対象。また、キック後の脚は、地面への反発により上方向への力を持つ。この地面反力による上+腕振り(=上体)による前の力の合成により、脚筋(+脚を引き上げる腸腰筋)をセーブしながら、振り戻すことができる。
ただし、腕振り自体が前への推進力を生むわけではない(=力積はゼロ)。単に腰がグルグル回転してるだけだ。
①が、前へ振り戻された脚は、高さ=位置エネルギーも持つので、から先は推進力につながる)
僕の感覚として、A)の「ターンオーバー効果」が大きい気がする。具体的には、上体を強く動かし、ヒジを大きく引くと、反対側の振り戻したヒザが高く上がり、同時に腰は回る気がする。
(発売前のみやすのんき新刊が「ターンオーバー理論」とサブタイトルで言うのも、これかな?と予測している)
なお「腕」振りという表現がされるが、実態は「上半身全体」である。要は、下半身に対して逆回転をぶつければいいので。
お腹はそんなにネジれないので、可動範囲としては、「肩甲骨・胸・肩」あたりの動作が重要。腕は末端で、動きは目立つが全体の一部に過ぎず、腕だけのフォームはそんなに気にしなくていいと思う。背中全体も使って回した方が大きな質量を動員できる。体重80kgに迫る胸筋ムキムキ欧米トライアスリートなら腕の動きは一見小さくとも、上半身トータルでは大きなパワーを出すことができるだろう。
走りのタイプ差:骨盤安定か、回転か?
LEOMO社が計測したトップ男子ランナー達は腰動作が安定している模様
タイプの差はありそうで、トップランナーでも、野口みずき選手、実井謙二郎選手などは腰回転タイプのように見える。野口みずき選手、2018年にアップされた動画(3万再生ほどの地味な扱いだが)をみると
モモ付け根のあたり=骨盤あたり(紅い御守)が大きく動いている。動画で比較されている長身の海外選手では腰の動きが少ない。
実井謙二郎さんは2019青梅マラソン10kmの部ゲストランナーとしてだが、白の長袖Tシャツ、腰を大きく反らせての大きなストライドが特徴。ここでも腰の回転力を使っているように見える ↓
トライアスロンでは、強い上体と心肺能力を活かした(=ランニング・エコノミーは低めの)ランニングフォームが目立つ。
僕がよく例として使わせていただいているのは、上田藍選手。(一応ご両親には大会会場で「たまに書かせていただいておりますが・・・」とご挨拶済みです)腰の回転力を活かしているように見える。標高1000m差を登り続ける2020年8月インスタ動画(←4つめの)は、登りの低速ながら
・ 上腕〜ヒジは90°近くまで大きく上がり
・ 骨盤の回転量は大きいように見える
(画像はインスタ動画より )
男子51.5kmトライアスロンの世界トップでは、たとえば2013年のゴメス vs. ブラウンリー、ラスト1kmでお互いにスパートかけあう激熱ゴールスプリントだ。この2人たぶん似たこと何度もやってると思うが。
・勝者ゴメス: 腹筋を使い、ヒザを前に出す意識(腰安定)
・敗者ブラウンリー: 背筋を使い、ヒジを後ろに引く意識(腰プルンプルン)
と上体の使い方は対照的というか、上体を使うといっても、いろいろタイプ差があるかと思う。
ちなみに僕の昨夏の撮影こちら ↓
(野口・実井選手などはこちらのコメントで教えてもらいました)
ランニング・エコノミーについての推測
これら野口みずき・上田藍的な、骨盤と脚を一緒に回す動きは、
・ 腰も下半身側の回転体になるから
・ 下半身のトータル重量は重くなり
・ 上体側ではより強い力を出す必要がある
ことになるだろう。
下半身サイドが実質重くなるわけなので、
・ パワー増加要因(力=質量×加速度なので) →ストライド増加要因
・ 回す負担が増える →ピッチ低下要因
となりそうだ。この場合にピッチが維持されているのなら、強くて速い腕振りで制御できているということ。
上記の野口みずき選手も、腰の動き+ストライド、ともに大きい。また身体の前で抱え込むような形で、縦(前後)よりも回転運動が目立つ腕振りは、骨盤を意図して回しにいっているようにも見える。
また、上下の交点は「丹田」=お腹あたりとなり、上下からの逆回転なパワーを、腹筋で制御することになるだろう。つまり体幹をより多く使うことになりそうだ。
まとめると、腰を大きく回転させるタイプの走りでは、体幹を含めた上半身でより強い力を発揮する必要があり、そのエネルギー増加分だけランニング・エコノミーは低下する方向になりやすいのでないだろうか?
それでもトライアスロンの場合、
1.バイクで一度使い切った脚筋をセーブするメリットが大きく
2.心肺能力の高だで、非効率でも動き続けられる
とメリットが大きいというのが僕の見立てだ。もちろん個人差、タイプ差が大きいところだが。
心肺能力とは、スイム・バイクのクロストレーニング効果によるものなので、ランニング競技でもここ活用できるかもしれない。
心肺能力おばけ達のラン動画: Lionel Sanders(5000m14:34) ↓
VO2Max90台というKristian Blummenfelt(1km2:50)
Bluはゴメスっぽい腰安定+腕振りを前に進める意識かな?↓
WTS Grand Final Rotterdam 2017:ESPモーラ&ゴメス、FRAルイス、NORブルンメンフェルト、GBRブラウンリー、と妖怪大集結!@@!
軽量モーラはピュア・ランナー的なエコノミーの高いピッチ走かな。あとは皆パワー・ランニングかな。上体の筋肉でNIKEヴェイパーフライを弾ませたルイス1位、同じくのブルンメンフェルト2位。
・・・
あと、以前noteの「再考察:上体強い×腰安定?ヴィンセント」の項で書いた通り、スプリント的な動きでは、腕の重力も活用される。スプリントの腕振りでは、真ん中で、腕を上から下に叩きつけるような動きをする。ということは、その場面で重力+慣性力により、地面に強い力を与えることができる。それを足の接地と同期させる。長距離でも5000mあたりでは結構使われている動き。
・・・参考文献・・・
『ランニング・サイエンス』(2017翻訳)
この本は、「うつくしいランニング図鑑」というレビューの表現が的確で、根拠も2000年代〜2010年代の論文が中心で、まさにいろいろな疑問への基本を説明してくれる。価格は高いが、情報スカスカな3冊と比べてコスパは十分あると思う。
※予定:『マラソン腕振り革命 ターンオーバー理論で驚くほど推進力がアップする!』みやすのんき(2021/02)
発売前だけど、初稿は「答え合わせ」の前に書いておきたかったので笑、紹介。
彼の独自性とは、趣味ランナーとしての立場にあると思う。プロのランニング指導者の場合、n=∞でいろいろなタイプに指導するスキルはあるが、いろいろな人に合わせる必要性から、説明が浅くなりがち。みやすのんきさんは、まず自分自身の走りの改善があり、n=1でその説明を深めた後で、いろんな人にもわかるように説明し直すので、「そこまで書くか」的な深さがある。僕自身も、自分個人の経験の考察が軸なので、共感しやすいというのもあり。
どう説明されるか、楽しみだ。
・・・
僕の過去ブログでもいろいろ書いたけど、だんだんと自分でもわからなくなってくる笑
サポートいただけた金額は、基本Amazonポイントに替え、何かおもろしろいものを購入して紹介していきたいとおもいます