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人はなぜ、結婚したいのか〜「生殖記」を読んで〜

朝井リョウ「生殖記」を読んだ。
朝井リョウはデビュー作である「桐島、部活やめるってよ」の映画を学生時代に観たことをきっかけに原作も手に取るようになり、それ以来特に好きな作家の一人だ。
フラットかつ、ウィットな視点で現代における違和感を描き出すその作風は、新作を読むたびに、新鮮に驚かされる。
このnoteでは、そんな朝井リョウの最新作「生殖記」の一節を引用しながら、「人はなぜ、結婚したいのか?」について考えてみたいと思う。


※今回のnoteの本題は「人はなぜ、結婚したいのか?」についてがテーマではあるが、ここから先は「生殖記」の内容にしっかり触れていくので、覚悟の上で読んでいただくか、ネタバレを避けたい人はここでさようなら。
ちなみにネタバレ上等であれば「生殖記」を読んでいなくても理解できる内容にはなっています。




はじめに

この「生殖記」で描かれるのは「人間の生き方」についてだ。
主人公は同性愛者で、出世や成長、社会貢献といった世の中のスタンダードから外れたところで生きる男性、尚成であり、そのち○ぽである。

ごく簡単に「生殖記」の書評をしておくと、実に面白く興味深かったものの、読み物としては事実上、新書のような趣で、物語としての評価はしづらいなというのが率直な感想であった。

というのも、この「生殖記」で言及されている論調は、よく理解できるし納得がいくことばかりなのだけど、朝井リョウ本人が本人の言葉として喋ろうものなら、炎上しかねないようなセンシティブな内容の詰め合わせである(もちろん作中で描かれていること全てが朝井リョウの主義主張ではないだろうが、だとしてもこんなに率直な表現はできないだろう)。
そういった「本質を見ずに炎上する世の中」に対する言及も作中ではうっすら描かれてはいるが、なんにせよ、伝えたいことをしっかり伝えるために「だったらち○ぽに喋らせればいいじゃん」というのが実に朝井リョウらしい。
主人公が尚成(しょうせい)という名前なのも、小生とかかっていて、読み手にテンポよく読ませる工夫がなされていると思われ、こういう細かいギミックを忍ばせるところが、俺が朝井リョウを好きな理由のひとつだったりする。

それはそれとして、先に述べたように、この物語の主人公は同性愛者であるが、今作において同性愛というのはあくまで切り口に過ぎず、基本的には出世や成長、社会貢献といった「社会の当たり前」に自然に縛られて生きている人間への違和感、あるいは同性愛者も含め、その枠組みに疑問を持っていたり、意図せず外れてしまったマイノリティたちについての物語であるように思う。

俺自身「変わってる」と人から言われることも多く、実際その自覚もあるので、尚成の持つ違和感みたいなものには強く共感できた。

例えば「上司が部下に怒る」なんて光景は世の中のそこかしこで発生しているだろうが、俺にはこれがよくわからない。
社長が怒るならわかる。大元だから。
課長とか、係長とか、あるいは店長とか、ただ雇われてるだけの、事実上会社とは一切無関係の、仮に不祥事を起こそうものならただ無情に首を切られるだけの存在が、会社の不利益になるからといって、部下に何をそんなに怒ることがあるのだろう?と思う。
不利益になって困るのは社長や株主であって自分ではないのに、どうしてそんなに自分ごとで感情のスイッチを入れられるのだろう。
俺からすると、無関係の人間が無関係の人間に怒っているように見えて仕方がない。
そりゃ巡り巡って、自分の給料が下がるとか、評価が下がるとか、目に見える実害もあるにはあるだろうが、実害がなくたってキレる人はキレる。
そういう意味で、この帰属意識みたいなものは、世の中にべっとりとこびりついているように思える

まあこの一例は、多かれ少なかれはみんな感じている違和感なのかもしれないけれど、世の中の会社員全員が、こういう違和感を受け入れて仕事をしているのだから、不思議なものである。

人はなぜ、結婚したいのか?

話がどんどん逸れていきそうなのでそろそろ本題に入ろう。

人はなぜ、結婚したいのか?である。
これが本当にわからない。
もっと厳密に言うと「なぜそんなにも人は結婚したがるのか?」だ。

先に断っておくと、結婚自体に否定的な考えを持っているわけではない。
「結婚は人生の墓場」だの「結婚なんてATMになるだけじゃんw」などと揶揄する人もいるが、そんな考えは毛頭持ち合わせていない。
結婚したいと思う人同士がいて、するタイミングがあればしたらいい。
俺は現在独身で、一生結婚はしなさそうだなと感じてはいるものの、将来的に結婚する可能性を捨てているわけではない。
望んでもいなければ、諦めてもいない。
する時があればするだろうし、する時がなければしないだろうと思っている。
ラーメン屋は開いてる時は開いてるし、閉まってる時は閉まってるのだ。
俺にとっては、それが全てなのである。

「いつかは結婚したい」という感覚もよくわからない。
相手がいて、結婚があるのに、結婚が前に来ている状態がかなり謎である。
「結婚」の何がそんなに魅力的なのか。
「自分の両親と同じような家庭を築きたい」とか「結婚したいと思える人と出会いたい」ならわかるのだが、そういう人間が現れる前から、ともあれ「結婚」を望んでいる人がものすごく多いように感じる。ともあれ結婚。

結婚相談所がビジネスとして成り立っている時点でお察しの通り、金を払ってでも結婚したい人間がこの世の中には溢れかえっている。
そうして結婚相談所でマッチした人とお見合いして、会って数ヶ月で無理やり結婚したりしている。
それで上手くいくこともあれば、いかないこともあるだろうから、それがダメとかでは全くないのだが、だいぶ無茶なことをしているよな、と感じてしまう。
「もっとそれまでに頑張っておけば良かった」みたいな言葉を目にしたりすることもある。まあ、それはそうだよなと思う。無茶だもんな。


そのあたりの疑問を、朝井リョウは「生殖記」においてしっかり言語化してくれたので、一部を引用しながらつらつらと考えてみようと思う。

ところでその前に「生殖記」を読む前から、俺なりに辿り着いていた答えについて書いておこうと思う。
それは「人生、飽きてくるからブーストかけてんじゃね?」というものである。

下記記事でも詳しく書いているが、30歳前後で人間のライフステージは人によって大きく変わってくる。

(興味があればこちらもぜひ)

上記の記事は端的に言えば「収入面とか、立場とか、ライフステージが30歳前後で大きく変わってくる中で、昔からの関係性が変わらない方が不自然だよね」という内容なのだが、これは何も友人関係に限った話ではない。

作中において、尚成はずっと避け続けていた「責任のある仕事」を任されるわけだが、そういう仕事を任されるようになったり、立場がはっきり変わるレベルの出世をしたり、それこそ結婚して子供が生まれたりする節目の年齢が30歳前後なのだと思う。
今まで当たり前のように会えていた人と会えなくなり、会えたとしても話が噛み合わなくなってくる。
そりゃそうである。
子育てしながらアンパンマンしか見ていない友人に、淡路島の魅力を伝えても、ピンと来るわけがない。
彼女たちは「赤ちゃんがなんでも食べちゃうのをやめさせる方法」の方がずっと関心があるのだ。
こちとら「IVEが全員高身長で可愛くてすごい」とか「テニスボールに執着するゴールデンレトリバーの動画ずっと見ちゃう」なんて話をしたいのに、部下との接し方がどうだだの、転職がどうだだの、そういう話ばかりに終始しだす。

するとどうなるか。
孤独になるわけである。
持たざる者は、孤独になって飽きるのだ。

これは俺が初体験noteを始めた理由のひとつでもあるのだが、30歳にもなると、人間は世の中の大抵のことを理解していて、大抵の感情を知ってしまう
実際にはそんなのは自惚れであって、俺たちはまだまだ何も知らないし、この世界にはまだまだ見たことのない輝きで溢れているはずなのだが、そうは言っても、幼少期の新発見や初体験は今とは比べ物にならないくらいの衝撃であることもまた事実である。

そんな時、ちょうどよくやってくるイベントが「結婚」と「子育て(出産)」なのだ。
結婚と子育てには、まだ見ぬ新発見や初体験、そして衝撃がこれでもかと詰まっている。
これでもかと詰まっているどころか、子どもを通して人生を体験し直せるおまけ付きである。
この世に誕生してから小中高大と成長していき、就職して一通りの人生を過ごしきった上で、もう一発新たな人生を生きる。これは生きながら輪廻転生するようなもの
『THE LIFE Season2』ってなわけである。
この状態を俺は「人生にブーストをかける」と定義した


さあ、そんなことを考えていた折、朝井リョウはこれをどう言語化したというのか。

それは、需要を飛び越えてでも新たな商品を売り出し続けることで成立している資本主義と同様に、ヒトも自分自身を良きタイミングで新商品化させているということです。
大抵のヒトは、次の三つの段階のどれかを選んだり組み合わせて新商品化しています。
一つは、Maryamみたいに、次世代個体を生み出すことで家族という共同体を拡大させていく段階。
(中略)もう一つは、岸のように、労働により会社という共同体を発展させていく段階。最後は、まさに楓が話していたSDGsに代表されるような、社会の成長や地球全体の改善に繋がる取り組みに挑む段階。

朝井リョウ「生殖記」より

新商品化。なるほどなあ。
要するにこの「新商品化」が俺が辿り着いた「ブースト」にあたるわけだ。

「生殖記」において、人間はとにかく成長を目指すことをやめられない、止まれない生き物であるとち○ぽは語る。
30歳の節目を迎えて(作中では30歳という年齢で括っているわけではないが)人は三つのどれかを選んで、新商品化させていく。
家族を作るのか、仕事にフォーカスするのか、はたまた社会貢献に取り組むのか。
これは詰まるところ「生きる理由って何?」みたいな問いに答えを出すということと同義だろう。
三十そこそこで、この「生きる理由って何?」に答えを出さなきゃいけないのも本当に意味不明だが「そろそろその答えあるよね?」みたいな空気が確かに存在することもまた事実で「いい年して、その答え出してないやつヤバいよ」みたいな空気があることも、これを読んでいるあなたなら痛いほど理解しているだろう

そういうわけで「結婚」というのは、最初に出てきた「次世代個体を生み出すことで家族という共同体を拡大させていく段階」にあたるわけである。
理屈抜きに、本能として「子どもがほしい」とか「結婚がしたい」という感情が生まれる部分ももちろん多分にあるとは思うのだけれど、一方でこの「生きる理由、あるよね?」の同調圧力から逃れるための「結婚」という側面を、現代人の多くが抱えているのではないだろうか

もうひとつ作中から引用したい。

「私が本当に欲しいものって、子どもそのものじゃないのかもね」
(中略)
「私、多分、この正体不明の不安を何か形があるもので埋め合わせたいだけなんだと思う」
(中略)
そうだね、って頷いてあげたいです。
きっと共同体感覚を完全に手放してしまわないように自分を見張ってくれるものがほしいんだよ、と、伝えてあげたいです。

朝井リョウ「生殖記」より

これは作中でほぼ唯一と言っていい女性キャラ「樹」の相談に尚成が乗るシーンの一節だ。
樹は、結婚に前向きでない彼氏との関係性に悩み、尚成に相談を持ちかける。
そこで、子どもが欲しいという気持ちに理由がない感じがすることに怖さがあると話す。
引用前半はその樹のセリフ、後半はそれを受けた尚成のち○ぽの述懐である。

最初の引用と合わせて、人が結婚したい理由って、そういうことなのかもな、と結構腑に落ちた。
社長でもないのに、会社でキレられる帰属意識について前段で触れたけれど、結婚や子どももまた、社会に帰属するためのピースなのではないか。
共同体感覚を完全に手放してしまわないように自分を見張ってくれるものが「子ども」であるとするならば、子どもを産みたい理由もよくわかる。

この先、年齢を重ねて、俺が今後も結婚をしなければ「あいつあの歳でまだ独身なんだ」とか「なんか問題があるんだろうね」的な視線に晒されることは想像に難くない。そして、その視線は年々強まっていくだろう。
うぜえな、と心では思いつつも、俺はきっとその視線に耐えられるだろうが、その視線に耐えられる人ばかりでないこともよくわかる。

また、子どもを産み、育てるというのは、最初の引用における、1番目の「家族という共同体を拡大させていく作業」でもあるし、未来に子孫を残すというのは視点次第では、3番目の「社会貢献に繋がる取り組み」でもあるだろう。
また、子育てにしても、結婚にしても、家族ができることが仕事を頑張る理由になるのなら2番目の「労働により会社という共同体を発展させていく」ということにも繋がっていくだろう。

人生に飽きてブーストをかけたい人間にとって「結婚」や「子育て」ほど適したコンテンツはないわけなのである。

そりゃあ、結婚したいか。
年々、周りからの視線はうぜえし、生きる理由は薄まっていくし、友達も減っていくし、なのに身体はまだまだ元気。
それが結婚と子育てで一撃解決できるなら、こんなにラッキーなことはない。
だって人は、社会の中でしか生きられないのだから。
結婚相談所で無茶するのも、なんかわかる気がしてきたな。


おわりに

そういうわけで、朝井リョウ「生殖記」を引用しながら、人はなぜ、結婚したいのか?について考えてみた。
最後まで読んでくれた人は、もしかすると世の中の人々は全員「結婚」や「子育て」に理由づけして生きている、みたいな捉え方をしてしまったかもしれないが、あくまでこれは俺自身の理解のための言語化であることはご理解いただきたい。
「ブースト?視線?知らねえよ!好きだから結婚したんだよ!」「うるせえ子どもを育ててえんだよ!」「未来に子孫を残すのが人間の役目だろうが!黙れや!」なんて人がいることも重々承知している。
そもそも作中でも言及されているが、こういう欲求は本当に理屈じゃない場合もあるだろう。このnoteみたいに言語化してこねくり回していること自体が無意味で滑稽なのかもしれない。

なんにせよ、俺は結婚や子育てに対して、理屈抜きで考えることは難しい人間だから、ぼんやりと考えていた結婚観や結婚に対する違和感を朝井リョウの「生殖記」が撃ち抜いてくれて、非常にいい整理ができたと思う。

もし、ここまで読んだ人で「生殖記」を読んでないという人がいたら、ぜひ読んでみるといい。

それではまた。

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