映画「アイダよ、何処へ?」感想
2020年、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ルーマニア、オランダ、ドイツ、ポーランド、フランス、ノルウェー、トルコ合作
監督/ヤスミラ・ジュバニッチ
出演/ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ ほか
1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のさなか、8000人もの住民が虐殺された“スレブレニツァの虐殺”を題材にした作品です。
まず、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争について。
ボスニア・ヘルツェゴビナが東欧ユーゴスラビアから独立した際、当時、同国にはボシュニャク人(ムスリム人)、セルビア人、クロアチア人と異なる民族が混在しており、独立推進派のボシュニャク人・クロアチア人と、独立反対派のセルビア人との対立から起こった紛争。
次に、スレブレニツァの虐殺について。
セルビア人勢力に包囲された東部ボスニアの町スレブレニツァは、国際連合によって攻撃してはならない"安全地帯"に指定され、国連軍も派遣されたが、ラトコ・ムラディッチ将軍率いるセルビア人勢力のスルプスカ共和国軍は国連の警告を無視してスレブレニツァへ侵攻、大量虐殺が行われた。
本作は、この虐殺から家族を守ろうとした一人の女性アイダに視点を据えて描かれます。
アイダはスレブレニツァに住む元教師、今は町に派遣された国連軍の通訳として働いています。
スルプスカ共和国軍が町に侵攻し、怯えた住民は国連軍の敷地内になだれこみますが、狭い敷地に収容できる人数には限りがあり、軍は扉を閉ざしてしまいます。敷地の外にはあふれるほどの住民たち。アイダは塀の上に立ち、その無数の住民たちの中から自分の家族を見つけ出し、中に入れてくれるよう軍に頼みます。群衆の目前でそんな特別扱いを行えば我も我もと収拾がつかなくなってしまうと断られても諦めないアイダ。結局、自分の夫を住民代表の交渉役にすることで、息子も含めてむりやり敷地内に入れてもらいます。
そうこうするうちにも町の状況は刻々と悪化。
スルプスカ軍というのが本当に悪いヤツらで、国連軍に自ら交渉の場を求めてきたくせに、その交渉の場で取り決めた“平和的に住民を安全な場所に移す”という約束も勝手に押し進め、国連軍が要求した、“移りたいかどうかは住民の意思を尊重する”“国連軍が移動の警護をする”といった点については完全に無視。それもそのはず、当初から、移動させた先で住民たちを銃殺するつもりだったのですから。
ですが、そもそもはセルビア人のほうが先に襲われたという過去の経緯もあり、怨嗟の反復が争いを大きくしていくのです。
国連軍の非力さが目に付きますが、彼らは平和維持活動を目的とした軍。
武装した相手にいわば丸腰で向かうようなものなのです。
国連軍司令官は、自国の国防大臣に掛け合ったりNATO軍に何度も空爆を要請したり、できるだけのことはしようとするのですが、誰にも相手にしてもらえない。彼ら自身も国連によって放り込まれ放置されて見捨てられたような存在に見えてきます。
必ずしも武力の行使ありきとは言いませんが、平和維持軍って何のためにあるのだろうと、以前に「ホテル・ルワンダ」という映画を観た時に感じた虚しさをこの作品でも感じました。
国連軍内で通訳として働きながら、アイダには状況が的確に見えていた。スルプスカ軍によって移動させられた先には死しかないことも分かっていた。だから、自分の家族だけでも救えないかと、夫と二人の息子を無理やり軍の中枢機能がある室内にかくまう。何度も出ていってほしいと言われても、断固拒否。強い意志を滲ませたアイダの目に射すくめられたように、夫も二人の息子も従順に従います。
国連軍が撤退する際にも、国連職員ではない夫や二人の息子を職員リストに入れてくれるよう強引に頼み込む。リストの信頼性が揺らいで職員全体を危険にさらすことになるからと拒否されても、食い下がるアイダ。
もし私がアイダの立場だったら…。やはり自分の家族を助けるために必死になるだろうとは思うのですが、同じ状況にいる多くの人たちをしり目にここまでできるかなあというのが正直な感想。自身の無力を嘆きながら、軍の敷地を出て家族とともにいることを選択するのがせいぜいかなと思います。ただ、こういう女性の存在が、弱者が泣き寝入りをしない大きなうねりを生むのかもしれませんね…。
アイダに対する違和感という意味では、国連軍に「息子二人のうち、どちらか一人だけでも助けてほしい」とアイダが懇願するシーンが一番ぎょっとしました。息子たちの目の前で、ですよ。どちらか一人って、どっちを? 見捨てられたほうは無論、助かったほうだってその後の人生、まともな精神では生きていけないと思うのですが。
スルプスカ軍によって体育館のような建物に入れられたスレブレニツァの住民たち。すぐ近くでは駆けまわったり遊んだりしている近所の少年たちの姿があります。突如、建物から響く銃声。驚いて去ってゆく少年たち。その後の静けさに、本当にいたたまれない思いがしました。