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手紙「ライフデザインの源より」2024.12.01 松倉由紀より皆さんへ

こんにちは。まつくらです。
今年は学芸員の資格取得コースを受講していまして、
ちょっとレポートに追われています。
博物館関係科目のほかに選択科目として選んだものに
「文化史」と「自然科学史」がありました。
 
「文化史」といっても、
「かみ」(神道の神ではなく)をめぐる歴史でした。
個人的におもしろいなーと思ったのは、
「かみ」が修行して菩薩になったり(?!)
天皇が「かみ」に位を与えたり(?!)というあたり。
なんじゃそりゃ!とツッコミたくなりますが、
要するに、「かみ」は人間が生み出しているのです。
人はどのように神の存在を認識したのかという
「認知考古学」という分野があるんだそうです。
人間ではどうすることもできない自然現象を
「かみ」という存在によって解釈しようとしてきた
ということなのだと思います。
 
その一方で「自然科学史」。
エジプトやメソポタミアの古代文明から始まるのですが、
ナイル川の氾濫を予測するために天文学が発展し、
治水、測量の技術が発展していく。
通史で見ていくと、時代によっては、
宗教や政治によってその発展が
さまたげられた時期があったというのも、
おもしろいポイントでした。
江戸時代の享保の改革によって
和算が趣味の世界にとどまってしまったとか。
科学技術は、自然現象をどう理屈で解釈するかと
いう試みを続けてきているんだと思います。
 
「宗教」と「科学技術」というと、
真逆のもののように思えますが、
「自然をどう解釈するか」と向き合っている点は同じ。
感性での解釈=「こころ」と
理屈での解釈=「あたま」と、
両方から自然と向き合い続けてきたのだと思います。
 

パソコン・スマホ・ネットと・・・おかしな「情報」に翻弄されることが多い時代ですが、顔をあげ、自然に目を向けて、「あたま」と「こころ」の両方を、片方ではなく“両方を”、働かせてみてはどうでしょうか? 

キャリア教育コーディネーター・教育研修プランナー 松倉由紀

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