浦和蔦屋書店と埼玉衝撃。日本は埼玉になるのか。【無料公開・OWL magazine】
出版社を作った。
本も出した。
タクシードライバーから一転しての社長業になったので「ああ、良かったね。うまくいって」なんて言ってもらえることも。
良くない!!全然良くない!!
休職中のタクシードライバーは、正社員として雇用してもらっていた。歩合制なのでコロナ禍の営業は地獄の様相ではあったものの、基本的には良い仕事である。何せ、働いた分だけもらえて、マイナスになることがないのだ。
一方で、出版事業はどうかというと……。先月の売り上げはいくらだったかな……。3万円くらいだろうか。経費は……?フルフルに払うと50〜100万円は軽くなくなっていく。もうだいぶ慣れてきたものの、借金がすり減っていく日々は非常に心臓に悪い。
もう少し初動で売れると予測していたのだが、出版社名も、『すたすたぐるぐる』という企画名も世間に知られていないので、かなり苦戦している。
その苦戦の一端が、なかなか書店に並べてもらえないことなのである。今はネット書店全盛の時代ではあるものの、やはり本は本屋で買いたいという人も多い。書棚を眺めているうちにいつの間にか惚れ込んで連れて帰りたくなるというのが本を買うという行為の楽しさなのだろうと思う。ネットでポチは便利なのだが、心のときめきを得ようと思うと、本屋へ行くほうがいい。
余談だが、図書館は不思議とときめきが小さい。古い文献を探している時は宝探しのように楽しめることもあるのだが。逆に古本屋はすごく楽しい。もしかしたら表紙がついていなかったり、管理用のバーコードがついていたりするのも影響しているのかもしれない。
ぼくの考えだと「本=グッズ」であり、かわいい、かっこいい、ためになる、健康に良いなどのポジティブな影響を享受できると感じた結果、家の中まで連れて帰ろうと思うものなのだ。
というわけで、本屋さんに並べてもらって、眺めているうちに愛着が湧き、自宅へとお持ち帰りするという流れをイメージして丁寧に本を作ったつもりなのだが……。
本屋までの道のりが遠い……。
2年前くらいのデータなのだが、全国に出版社は2900社程度あるのだそうだ。一方で、書店の数は年々減り続け、現在は9000店舗ほどとのこと(記憶によるのだが25年くらい前は20000店舗くらいあったはず!)。
本屋がなくなってしまうのは、出版社にとっての一大事なので、我々西葛西出版はあっと驚く秘策を用意している。そのため、書店さんとやりとりすると実際すごく驚いてもらえる。
しかしながら、なかなか交渉まで辿り着かずにいる。西葛西出版の弱点は営業経験者がいないことなのである。ぼく自身が営業に回ることも考えたのだが、なかなかそこまで回らずにいる。
書店に置いてもらえないとジリ貧なのに、なかなかアプローチできない。なかなか厳しい状況である。そんな中、昨年の12月から少しずつ書店営業をしはじめた。出版から1ヶ月半も経ってからのスロースタートであるが、駆け出しの出版社はバタバタであったのだ。
著者時代からのお付き合いもあった興文堂平田店に早々に置いていただいたのを除くと、スポーツ居酒屋Kiten!と居酒屋バッカスという飲食店の片隅に置かせてもらっているだけであった。つまり3店舗にしか置いていない本だったのである。その状態で売り上げが少しでもあるだけ奇跡というような状態なのである。
しかし、少しずつ事態は進展し……。
ついに4店目!!
しかも、浦和蔦屋書店さん!!何とありがたい!!
そして、ぼくは心の底から後悔した。
実は、ぼくの書いた『静かなる浦和と三菱重工浦和レッズレディース』という章がある。この章は非常に苦労した。これまで書いた記事の中で最高難度であった。あまりにも書けなすぎて(そして夏が暑すぎて、釧路までリモートワークにいって5日間を過ごした。行きの飛行機でかなり進んだものの、街の描写にかなり悩んだ。悩みに悩み抜いた。
最終稿は10000字程度なのだが、初稿は25000字くらいあったのである。
その中に、浦和蔦屋書店さんを散策した時の記事もあったのだ!!
嗚呼……。そのまま残せば良かった……。
浦和蔦屋書店さんは、教養書や旅の本も多く、書棚にも活気のあるすごく良い書店なので、どこかで必ず書く!!勝手に書く!!
というわけで若干の後悔と共に浦和に向かう。ちなみに、25000字から60%もごっそり削る大吟醸ばりのカッティングをしているので、浦和の記事は非常にシャープに仕上がっている。そのせいもあってか、玄人好みの文章となってしまったらしく、今のところほとんど読者の感想が届いていなかった。
この日まではーー。
浦和で待っていてくれたのは書店員の関さん。『すたすたぐるぐる』を読んでくれていたのである。
そして……。
こ れ ぞ
埼 玉 衝 撃 ! ! !
埼玉衝撃が起こった。
埼玉衝撃とは、埼玉県関係者によって中村の精神に引き起こされる、時空間の法則を無視した超弩級の破壊力を持つ脳内撹乱のことである。
実はこの衝撃を最初に起こしたのが著者の一人である大宮けんであった(詳しくは前書きをご覧あれ)。いや、最初の衝撃は『翔んで埼玉』であっただろうか。少しそれるが、漫画版の『翔んで埼玉』が、釧路のローソンに売っていた時は本当に驚いた。すごいぜ、埼玉県。
そして、浦和蔦屋書店での埼玉衝撃なのだが、関さんはびっくりするほど記事を読み込んでくれていた。書籍全体についてもそうなのだが、ぼくが書いた浦和の街について書いたところは特に面白く読んでくれたようで、しばらく立ち話で話し込んでしまった。
書店員という仕事には、次から次へと新発売される本を右から左へと流していくという側面がある。入荷と返品の飽くなき繰り返しである。中には定番となって補充を繰り返す本もあるのだが、流れて消えてしまう本は数多ある。文字通り数多である。
どのくらい多いのかというと、令和元年における新刊発売数は約70000点である。ということは、1日あたり191点、1ヶ月あたりでいうと5800点も新しい本が生まれている計算である。
つまり、理論上の数字ではあるが10年間書店員をしていると新しい本だけで70万点が流れていくのである。とはいえ、不思議なもので、その多くは書店員の印象に残らずに消えていく。いや、印象どころか、存在すら知られないままかき消えていく。それが当たり前なのである。
そんな中で、埼玉県へのサッカー旅を描いたコアな本を、大切に読んでくれたことが本当に嬉しかった。
『すたすたぐるぐる』という企画はきっとうまくいく。1年経っても、5年経っても、30年経っても、本屋さんに置いてもらえる本になってくれる。
そんな自信ができた。
書店のバックヤードで、Parco下のヤオコーというスーパーについて話していたら、他の書店員さんも入ってきてくれて、ヤオコーのお惣菜がいかに際立って優れているかという話にも花が咲いた。
この本は、書店員であったときの経験から逆算して「スポーツ棚」だけではなく「旅の棚」や「地域の棚」にも置きやすい装丁にしてある。スポーツ棚は競争も激しく、力を入れていない書店も多いので、あまり勝負したくないのである。
そこを汲んでくれて、レジ近くのフェア台に平積みという最高待遇をしていただいた上に、地域の棚、スポーツだなにも面陳していただいた。なんと光栄なことだろうか。
浦和蔦屋書店で埼玉衝撃を受け、今後やっていける自信をあらためてつけたところで、ISETAN裏のナチュラルローソンに立ち寄り、COEDOビールの伽羅を1本引っ掛けて、西葛西への帰路へと着くのであった。
次は信州編!!
制作が大変すぎて泣きそうだけど、頑張って本を作れば絶対にいいこともある。頑張ろう!!
この記事をお読みになった浦和の皆様、是非浦和蔦屋書店に立ち寄ってみいただきたい!!
この記事は旅とサッカーを紡ぐWEB雑誌OWL magazineの記事です。今回は無料公開ですが、良かったら他の記事を、タイトルだけでもいいので眺めてみてください。
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