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翔風のポエジー 第一話

あらすじ

あなたは『瑠璃色』をどのように表現しますか?
青色だったり、紫色だったり、まるで虹色かのように。
あるいは全く別の他のものに例えたり。

 『瑠璃色』

 きみが大きく微笑んで
 頬を伝って流れ落ちた
 ひとつぶの雫に
 映し出された青春の大空は
 ぼくの心臓を握り締めた

 桜舞詩の会おうぶうた かい 会長・瀬谷かすみ

桜舞おうぶ高校『桜舞詩の会おうぶうた かい』は、
全国でも珍しい作詩専門の部活です。
詩が好きな方。詩に興味のある方。
詩を書いてみたい方。
あなたの想いをうたに。
初心者大歓迎です。
旧館2階音楽準備室までぜひお越しください。

第一話【翔風のポエジー】

出会うものとはいつか必ず別れがある、と誰かが言った。
彼らがその出会いといつか別れるとすれば、それは彼らが死ぬ時であろう。

桜舞高校・新一年生の佐々木翔風ささきしょうふうはお茶漬けをかきこみながら、遅刻せんと通学路を学校へと向かって走っていた。
トーストでもおにぎりでもなく、好物の梅茶漬けである。
茶碗と箸を両手に持ち、ズズズと口へと流しながら器用に往時を翔けるその様は、珍妙ではあったが、人面爽やかな翔風からは一切奇妙さは感じられなかった。梅干しを箸でむんずとつまみ、口に放り込む。
「ばあちゃんの作った梅干しはいつだってサイコーだ」
4月4日、入学式の朝である。

「窓を開けてもよろしいかしら?」
「はい。着陸態勢にはいりますが、風は穏やかなので大丈夫です」
制服姿の少女は、愛用の和紙ノートに何かを書き終えると、使っていた万年筆を布製のペンケースに仕舞った。
そして再びノートに目を落とし、ざっと詠み返した。サングラスの奥の目は、安堵の色である。
彼女が今乗っているヘリコプターは医療用を改良した自家用ヘリである。
彼女はスライド式の窓を横にずらしスッと開けた。
冷たい朝の風が入り込んできた。
「春なのに」そうつぶやいた。
眼下の河川敷の歩道の桜並木では、花びらたちが華麗に吹雪いている。
その光景を見つめ、右手を窓の外へ伸ばそうとした時、膝上にあった紙が再びの風と共に舞い上がり、右手の代わりに空へと飛んでいった。
「あっ」と声をあげる。どうしてか彼女は微笑を浮かべている。
風のいたずらを楽しむかのように。
桜吹雪に紛れようとする空飛ぶ一枚の紙は、河川敷の歩道を走る学生服姿の男の子の方へと舞い降りようとしていた。
その状況にふたたび「あっ」と声をあげる。今度は動揺の混じる声であった。秘密がバレてしまう、と彼女は思っていた。

「うわっ」
河川敷を走る翔風の顔面に、保湿パックのように一枚の紙がパサッと覆いかぶさった。「なんだ!?」と驚きその場に座り込む。
顔面の紙を取って、見てみた。
なにやら文章が書かれている。とても綺麗な字だ。

 トーストを咥えながら
 曲がり角ではぶつからない
 決して急いで走らないから
 運命の人とはぶつからない

 散る日を心配せずに咲く、桜!
 川の流れに逆らって登る、鮭!

 わたしは悠然と、とことこ登校!
 これが私の道である

 物語の主人公でなくても
 人生の主人公なのである

 無常の日々よ
 無遅刻無欠席のわたしを讃えなさい

ビューーーっと、翔風の心の芯に風が吹いた。
瞳の奥に星が生まれ、頭の上に花が咲き、全身をお天道様が照らした。
「この文章。詩?というやつかな?」
そう、詩というやつとの初遭遇であった。
難解な文章ではある。訴えのような叫びのようなものを感じる。
なにものかに歯向かう反骨の精神。そしてそれを包み込むユーモアさ。
ただ、翔風の心に、なによりもあるのは、この文章が「好きだ」というシンプルな感情であった。
「しかしなんでまた空から降ってきたんだろう?」

「すみません」
ひとりの制服姿の女の子が、こちらに寄ってくる。
彼女は翔風の目の前に来ると、
掛けていたティアドロップのサングラスを外した。
綺麗な黒い瞳がまっすぐ翔風を見つめる。
黒く長い艶髪が朝の清んだ空気を反射している。
翔風は女神と出会った。彼はそう思った。
そして女神の御来光を目の当たりにして、翔風はたじろぎ声を上げた。
「あっああっあっあのっあっ」と、うわ言のようである。
「本当にすみません。その紙は私のです。危なかったですよね。お怪我はありませんか?」と、女子生徒。
うわ言の翔風は「これは紙なので僕は全然平気な状態です」
と、今度はまぬけな直訳英語のような返答をしてしまった。、
「よかった。安心しました。本当にごめんなさい」
女子生徒は自分の制服の胸に両手をあててホッとした表情。

「あ、あの」と、どうしても何か言いたげの翔風。
「はい」と、女子生徒は答える。
「風が。風が吹いたんです」
「・・・風?」
「あなたの詩を読んで、風が吹きました」
「私の詩を詠んで。・・・そう」
女子生徒は、朝の陽射しに左手をかざすと、そばの桜の木を見上げた。
風に舞う桜の花びらたち。
「この詩のタイトルはなんという・・・」
翔風がそう訊こうとした時に
「お嬢様、そろそろ学校へと急がれませんと、お時間が」
『私が執事です』と言わんばかりの燕尾服を着た初老の男性が、口髭を上下させながらそう言った。
女子生徒は「そうでした」と応えると、翔風の真正面に立ち、
「拾ってくれてありがとうございます」と丁寧なお辞儀をした。
そして、くるりと踵を返したが、一歩踏み出したところでぴたりと止まり、またくるりとこちらに振り返った。
「ポエジー」
聞き慣れない言葉に「え?」と翔風は訊き返す。
「タイトルは『わたしのポエジー』・・・かな」
「あなたにもきっとあるわ」
散りゆく桜の花びらたちの中に立つ女神の姿は、たいそう神々しかった。

桜舞高校1年C組の教室は、新入生たちのドキドキとワクワクで溢れ、そこかしこでザワザワワイワイしていた。
伊藤甲子朗いとうこうしろうが「それって黒川詩帆璃くろかわしほりじゃん」と、短く刈り上げた自分の頭を掻きながら言った。
「誰?」と、はてな顔の翔風。
丹羽善臣にわよしとみが「黒川家の御令嬢、あの五黒家ごこっけの黒川」と、眼鏡レンズを几帳面にメガネ拭きで拭きながら言った。
甲子朗と善臣は翔風と幼馴染である。同じ桜舞高校へと進学し、同じクラスとなっていた。
「コケッコ?」
と、翔風は水飲み場で洗ってきた茶碗と箸を布巾で拭きながら言った。
「にわとりじゃねえんだから」
素早くツッコむ甲子朗。
「黒崎、須黒すぐろ黒葛つづら、黒川、大黒谷だいこくや。天下の五財閥。小国ならポンッと買えてしまうくらいの財力だぞ」と、磨き上げた眼鏡を掛けた善臣が、五黒家のすごさを説明。
「才色兼備、秀外恵中、一富士二鷹・黒川詩帆璃。誰もが知ってるスーパーお嬢様なのに、お前は高校生になっても相変わらずだな」と、甲子朗。
「そんなにすごいんだ」と驚く翔風。
彼女に後光が射していたのも頷ける。
「小学生の頃に、かくれんぼしたじゃん」
「黒川家の敷地に忍び込んでな」
「住人に見つかってこっぴどく怒られたっけ」
「あの髭の執事、怖かったよなー」と、甲子朗と善臣の会話のパスワーク。
「それで、落とし物を拾って、それだけ?」
善臣が翔風に訊ねた。
「運命的な、感動的な、致命的な出会いはなかったのか?」
甲子朗が興味本位に迫る。
「全然ないよ。それになんだよ致命的って」
と、翔風は言ったものの、出会いがなかったわけではない。
むしろ出会いというものは確実にあった。

「ところで翔風は部活どうするんだ?俺は高校も野球部だ」
伊藤は、内野手用の野球グローブを手にはめて、閉じたり開いたりとパクパクさせている。
「うーんどうしようかな。善臣は?」
「囲碁将棋部。そういや中庭で部活の勧誘をやってるらしいぞ」

ホームルームが終わり、翔風たちは中庭へと向かった。

中庭には臨時の掲示板が置かれていて、各部活の部員募集チラシが掲示されていた。
「サッカー部、バスケ部、フリスビー部、吹奏楽部、新聞部、手芸部、茶道部、演劇部・・・いろんな部活があるんだなぁ」
部活の数の多さに圧倒されている翔風。
そこかしこで、上級生たちが部活のユニフォームに身を包み、新入部員を勧誘する呼び込みをしている。

の会?ポエム部なんてあるぞ」
「ホントだ。俺も恥ずかしいポエムとか書いちゃおっかなー」
「じゃあ俺もポエマーになっちまうかなー」
と、男子学生ふたりが掲示板の前で話している。
その時、赤いポニーテールヘアーの女子生徒が、ドンっと仁王立ち姿で彼らの前に立ちはだかった。
「なりなさい!書きなさい!ほら早く!」と、女子生徒の声が中庭に鳴り響く。彼女の眉間にはしわが寄っている。紅いポニーテールが今にも逆立ちそうに弾んでいる。
「書いたら、私に詠ませなさい」人差し指で男子生徒を鋭く指差す。
周囲の生徒たちも、何事かと驚いている様子だ。
「詩と書いて『うた』。『うたのかい』よ。そここにちゃんと書いてあるでしょ。あなたたちルビも読めないの?めんたまついてんの?」
女子生徒は、掲示されているチラシを指差しながら、強い口調で捲し立てている。
「な、なんだよ、お前」
「お、おい、いこーぜ」
男子生徒たちは怖くなって足早に退散した。
女子生徒は去り行く彼らの後ろ姿をじっと見ていた。
「ポエムポエムって、馬鹿にしないでよ」と彼女がポツリ。
そして、その光景を見ていた翔風たち3人の方を一瞥すると、フンッと鼻を鳴らし、校舎の中へと消えていった。

「びっくりした」と、驚き顔の翔風。
「すごい剣幕だったなあ」と、目を丸くしている善臣。
「でも顔は結構かわいかったよな?」と、顎に手を置く甲子朗。

うたの会か・・・」
と、翔風は掲示板のチラシを見てみた。
こう書いてある。

あなたは『瑠璃色』をどのように表現しますか?
青色だったり、紫色だったり、まるで虹色かのように。
あるいは全く別の他のものに例えたり。

 『瑠璃色』

 きみが大きく微笑んで
 頬を伝って流れ落ちた
 ひとつぶの雫に
 映し出された青春の大空は
 ぼくの心臓を握り締めた

 桜舞詩の会 会長・瀬谷かすみ

桜舞高校『桜舞詩の会』は、
全国でも珍しい作詩専門の部活です。
詩が好きな方。詩に興味のある方。
詩を書いてみたい方。
あなたの想いをうたに。
初心者大歓迎です。
旧館2階音楽準備室までぜひお越しください。

チラシを読み終えると、翔風は、今朝出会った黒川詩帆璃のことをぼんやりと思い浮かべていた。そして、彼女の詩のことも。

自分も詩を書きたい。あの時の風を書きたい。
その気持ちが大きく手に負えないほどに膨らみつつあった。
書いてみたい。

それから、小一時間が経った。
校内は新入生たちの新風に包まれて変わらず賑やかである。
翔風の心は躍っていた。
躍る心を携えて、旧館2階音楽準備室へと向かっている。
左手には1枚のルーズリーフを持っていた。

県立桜舞高校の新館と旧館は渡り廊下で繋がっている。

旧館は、明治期に外国人外交官が住んでいた木造洋館を、後に学校として利用したもので、この学校を象徴する建物でもある。旧館で授業が行われることはほとんどなく、資料室や準備室、文化部の部室として使用されている。

「ここも同じか」
男子生徒は、文芸部の部室から廊下へと出た時に、小さなため息を混ぜてそう言った。彼が後にした文芸部の部室からは「ワーキャー」と女子生徒たちの黄色い声が飛んでいる。
「次は美術部に行くかな」と、思った刹那、ドンッと出合い頭に何かにぶつかった。ぶつかったのは人だった。
「ごめんなさい」と、相手が先に謝った。男子生徒だった。お互いに青いラインの入った上履きを履いている。同じ学年カラー。同級生の証だ。
「いや、こちらこそすまない」と謝り返した。
ぶつかった相手が何かをひらひら落としていた。
一枚のルーズリーフだった。それを拾う。何か文章が書いてある。
詩だ。その数行が目に入る。
「これは君が書いたのかい?」と訊いてみた。
「う、うん。もしかして読んだ?うわー恥ずかしいな」と彼は照れている。
「詩を書くのかい?」
「初めて書いたんだ」
「なるほど」と、もう少し読み進めようと、持っていたルーズリーフに目をやったところで「恥ずかしいって!」と、彼は強引にそれを取り上げた。
「ところで旧館はどこから行けるか知らない?」
彼は道に迷っていたようだ。
「旧館ならこの廊下を行った先さ。突き当りを左に曲がると渡り廊下がある。渡った先さ」
「ありがとう。君も一年生でしょ?がんばろうね!」と、彼は跳ねるように去っていった。
千年に一人のモデル。巷でそう呼ばれている男子生徒は、去り行く同級生の後ろ姿をじっと見ていた。佐々木翔風の背中を。

音楽準備室の入り口に引き戸は開いていた。
真昼の暖かな陽射しが、風に揺れるカーテンの隙間からはらはらと顔を出す。どこか神聖な雰囲気を醸している。
覗き込むように室内を見回し
「誰もいない」と翔風がポツリ。
「誰もいないね」と自分の股間の下から突然謎の声が返ってきた。
翔風はびっくりして前のめりに飛び上がり、とっさに振り向くと、
黒縁眼鏡を掛けた男子生徒がいた。
「いや~ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
そう言いサッと音楽準備室へと入ると、スッと窓の方へと歩いてゆく。
「作詩部かい?」
学生服を乱れなく着こなし、ツーブロック頭をワックスで整えた短髪、その男子生徒には見るからに清潔感が漂ってはいたが、とてつもなく変わり者のにおいがした。他人の股の間から顔を出す人間であるから当然だ。青いラインの入った上履きを履いている。彼が薄手の白いカーテンを開けると、室内全体がまぶしく照らされた。
「しかし珍しいというかなんというか、よりによって今日入部するのかい?」
「高校生活は3年間。3年生になると受験勉強に本腰を入れなくてはならない。短く煌めくプレシャスな時の流れだ」
もしかして、まだ新入部員の募集は始まっていないのだろうか?と、少し不安になり、目の前の同級生に訊いてみた。
「今日だとおかしいのかな?」
「全くおかしくはないよ。詩は、いつだって運命かのように、ふいに書きたくなるものだろう?」
なんとなく答えになっていない気がしたが、彼の言っていることは充分解る。
「そうなんだよ。僕も今日突然書いてみたくなって。さっき初めて詩を書いたんだ」
「さっき?」という同級生の声に被さるように、
「会長、どこに行ってたんですか!」と、元気な女子生徒の声が部室内に響いた。
「ああ、なっちゃん。トイレに行って、その後ちょっとテラスで珈琲をね」と、会長と呼ばれた同級生は答える。
「それで、入部届の用紙はちゃんと取ってきたのでしょうね?」
虚空を見つめる会長と呼ばれる人物。
「まったく~。私が職員室に行ってちゃんと持ってきましたから」と、女子生徒が用紙を手渡す。
「さっき入部希望の子が来て、意気投合しちゃって、校内をいろいろと案内してきたんです」
「あの、会長とは?なんの?」疑問に溢れる翔風。
「私がこの『桜舞詩の会』の会長、瀬谷かすみです」
「えええっ?会長?上履きが青いから、てっきり同級生かと」
「へ?」と瀬谷は自分が履いている上履きを見た。
「もう~。会長は3年生をやるの2回目なのですから、上履きは赤色ですよ。今年の3年の学年カラーは赤です」と女子生徒。
「赤も青も似たようなものだろう。私の上履きは、そうだなあ、瑠璃色ってことでいいじゃない」
「訳のわからないことを言わないでください。ほんとにいつもテキトーなんだから」

瑠璃色。会長。瀬谷かすみ。

翔風は、部活案内のチラシに書かれていた『瑠璃色』という一篇の詩を思い出し、訊ねた。
「そうだよ。あの詩は私が書いたもの」と、会長。
ジェットコースターのような展開にキョトンとする翔風。
「初めまして」女子生徒がそんな翔風に元気な挨拶をする。
「私は2年A組の夏目なつ子。この詩の会と剣道部を兼部してて、元気一杯のピチピチガールだよ。得意技は引き小手。実家は酒屋。長女。158センチ。好きな食べ物は天むす。分からないことがあったら何でも訊いてね」
ハキハキと喋っていて、頼り甲斐のありそうな人である。
「1年C組の佐々木翔風です。初心者です。よろしくお願いします」
「よろしくね。ところで翔風君。ずっと気になっていたんだけど、手に持ってるその紙はなあに?」と、翔風の手を好奇心旺盛に見ている。
「これは、僕が初めて書いた詩です」
「さっそく詠んでみてよ」と、会長は椅子に座った。
なつ子はも興味津々の顔で椅子に座る。

緊張した面持ちの翔風はその場で、詩の書かれたルーズリーフを両手で持ち、まるで表彰状を読み上げるかのような体勢で口を開いた。

 満開の桜の木を
 生れて初めて見た日のことを
 ぜんぜんおぼえていない

 失敗したなあ
 だってさ
 その時ぜったい感動してるよ
 すっごい感動してただろうなあ

 無条件降伏な美しさ
 桜の木ってすごいよなあ

 今日桜の花びらみたいな人に
 出会ったんだ

 それで思ったんだ
 今まで素敵だなって思ってたのは
 木じゃなくて花びらのほうだったって

 なんでかって?
 言えないよ
 それを上手に説明できたなら
 僕は詩人になってるよ
 
 『うたかたのはかなさ』 佐々木翔風

「なんと!?・・・素晴らしい」と、会長。
「すごい!初めてとは思えないよ」と、なつ子。
そこへ「こんにちは」と、部室にあの黒川詩帆璃が入ってきた。
あの黒川詩帆璃である。
「詩帆璃ちゃん久しぶり!」
「なつ子ちゃんごきげんよう!」
ハイタッチをし、ふたりに笑顔が咲いている。
「こちら新入部員の1年生の佐々木翔風君」と、なつ子に紹介される翔風。
「あ、あの。今朝は・・・」
「初めまして。黒川です」と頭を下げる詩帆璃。

あれ??初めましてという詩帆璃の言葉に、翔風は味わったことのないショックを受けたいた。つい数時間前の出来事を忘れてしまったのか。そもそも最初から翔風のことなど気に留めていなかったのか。落とし物程度の浅い関係なんて、所詮そんなものだったのだろうか。たった5秒の互いの挨拶の間に、翔風の胸の内を困惑の渦が駆け巡っていった。
「は、はじまめまして?!1年C組の佐々木翔風でありますです」
「佐々木くん。なんか言葉がおかしくなってるぞ」という瀬谷会長のツッコミにも気もそぞろだった。

会長は詩帆璃に新入部員ために詩を詠んでくれないかと頼んだ。
詩帆璃は鞄から自分のノートを取り出し、パラパラとめくり、この場にふさわしい詩を選ぶと、澄んだ声で詠み始めた。

 学び舎に集う
 青年の心
 共に輝く
 絆の日々
 羽ばたきはどこまでも
 続いてゆく
 生命の風が吹く限り
 丘を登り見渡せば……

とても綺麗な詩だと思った。校歌のような、卒業文集にでも載っているような。今朝出会った詩帆璃の詩と全く趣の違う詩を聴きながら、今朝会った詩帆璃と、今、目の前で詩を詠んでいる詩帆璃は同一人物なのだろうかと、翔風はずっと戸惑いを隠せずにはいられなかった。

「来週までは毎日部室に誰かしらいると思うから、好きな時にいつでも来るといい。活動の詳しいことはまた部員がたくさん集まった日にしよう」
そんなことを会長が言っていた。気がする。

下校中、翔風は、新入学・新生活のこと、詩のこと、詩の会という部活のこと、初めて書いた詩のこと、あれやこれやを考えながら歩いていた。
しかし何かひとつ思い起こすと、
着地点は必ず黒川詩帆璃に行き着いてしまっていた。
「うーん。本当になんだったんだろう。あの人は一体なんなんだ」
コンビニが目に留まり、立ち寄ろうとすると、ちょうど中から出てきた黒川詩帆璃と鉢合わせした。そう着地点の黒川詩帆璃である。
詩帆璃はアメリカンドッグをもぐもぐと頬張っていた。
相当美味いのだろう。見るからに幸せそうな表情でもぐついている。
突然のアメリカンドッグ黒川の登場に、びっくりの翔風。
もぐもぐ。もぐもぐ。
詩帆璃はお行儀よく完全に飲み込んでから、
一拍置いて、翔風に声を掛けた。
「やぁ!佐々木君。作詩部へようこそ」
あまりの明るい声に「へ?」と、リアクションに困る翔風。
「君の詩すごく良かったよ!廊下で聴いてたの。びっくり!初めて書いたとは思えないなあ。最後の一行にクスッと来ちゃった。タイトルもいいね」
部室で会った時とは全く違うあまりに気さくなその態度に、
翔風の気持ちは大混乱に陥った。
一体なんなんだ、この人は!?

第二話 君ふたたび
第三話 うたえること

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