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翔風のポエジー 第三話 うたえること

第三話【うたえること】

「初めまして。否、二度目ましてだね。佐々木君」
そう言いながらアクロバティックなポージングを決めているイケメン生徒。
「君という花につられて来てしまった紋白蝶、霧山きりやまリヒト。僕は霧山リヒト」と、自己紹介をする彼の名は、霧山リヒト。
そんな彼を見て翔風は、
「すごー!詩を詠みながら決めポーズ?ミュージカルみたいだ。しかも何も見ずに朗読。思い付きで詠んだの?」と、ただ単純に感動していた。
「そうさ即興さ」
「おっと会長、こちらが入部届。もう書いてあります」
と、リヒトは会長に入部届を手渡す。
「やっぱり君はいいね。佐々木君。色眼鏡で僕のことを見なかったのは君が初めてだったんだ。翔風君と呼んでもいいかな?僕のことはリヒトと呼んで」と、考える人のポーズをしている。
「ところで翔風君。君のあの詩の続きを僕に詠ませてくれないか?」

よろこんで翔風は詩の書かれたルーズリーフを手渡した。
それを見ながらリヒトはぷるぷると震えている。
「すごいじゃないか。また書いたら詠ませてよ。君をもっと知りたい」
と、また別のポージングが決まっている。

「霧山君」と、会長は眼鏡をクイッと持ち上げた。
「そのポージング。僕にも教えてくれまいか?」
「ええ、会長。いいですとも」と、二つ返事のリヒト。
手取り足取りで会長に指南し始めた。
「これがミケランジェロのダビデ。これがドナテルロのダビデです」
「こうかい?こんな感じかい?キマッてるかい?ハハッ!」
楽しそうなふたりである。

「霧山君と言ったかしら。私は逢原。逢原さわやか。翔風とは幼馴染。一緒にかくれんぼしたり水遊びしたり。それはそれは楽しかったわ」
「逢原さん。過去は素敵な宝物だが、大切なのは今を生き、未来へと羽ばたいてゆく殊勝な心掛けさ」
「あらあ?あなたは隠れた翔風を探したことあるのかしら?」
「ハハハ。今日見つけたからもう探す必要はないからねっ」
ふたりの間に飛びかう火花を割くように、男子生徒が部室へと入ってきた。
「おーずいぶんと賑やかだな」
学生服の中にフード付きパーカーを着て、ヘッドフォンを首から下げ、左耳に輪っかのピアスをしている、ヤンチャそうな生徒だ。部員たちと挨拶のグータッチをして回っている。

「ゴン君。ピアスは校則で禁止されているのよ。今すぐ外しなさい」
いつの間にか部室の隅に立っていた女子生徒が、諭すような口調で言った。背筋の伸びた凛とした女子生徒だ。ショートボブカットがとてもよく似合っている。
真姫まき副長~。お久さっス。大丈夫、外しますよっ」
ゴンと呼ばれた男子生徒は左耳に付けていたピアスを取り外し、ポイッと口の中に放り込んだ。
カリッカリッと音を立て食べている。
「食べたあ?!」と驚く一同。
「うん。これポテコだから」
ゴンはあっけらかんとしている。

「真姫お姉さまご無沙汰しております」
「詩帆璃さんごきげんよう」
ポテコゴンの横で、ふたりは両手を取り合って、とても親しげに話し始めた。ふたりの背景に百合の花々が一面咲いたかのような可憐な光景である。
「詩帆璃さん。私もポテコというピアスを食べてみたい」
「お姉さま。ポテコはピアスではなくてお菓子です」
「嘘でしょ」
真姫はバッグからスマホを取り出し、ポテコを検索して、商品説明ページの存在を確認した。
「本当にお菓子じゃないの。ゴン君騙したわね」
鋭い視線でゴンを刺す真姫。
「ちょっ。副長~。ただの冗談ですって~」
「ポテコまだあるんで。ほらほら」
と、ポテコの袋を真姫に差し出すゴン。
ふーんこれがポテコねといった表情で、腕を組んでポテコを見下ろす真姫。
「私は自分で買います。ポテコ」

「よーし。君たち1年生に、みなみなさまの解説をして進ぜよう」
なつ子が、新入部員のために話し始めた。

「あの黒縁眼鏡の人が、瀬谷かすみ会長。留年して今年2度目の3年生。去年、家族でエジプト旅行に行ったきり音信不通になって、半年ぶりに帰ってきたから進級するには単位が足りなかったそうよ。テキトーな感じに見えるけどまさにテキトー。そしてむっつりスケベ。好きなタイプはいちごパンツを履いている人」

「あちらが副会長で3年生の南真姫みなみまきさん。生徒たちからは真姫さまと呼ばれていて憧れの的。綺麗よね。美の結晶よ。本年度の生徒会の会長でもある。詩帆璃さんとは遠い親戚よ。真面目でしっかりとされているけれど、その真面目さが一周してどこか浮世離れしたところもあって。そういうところにも愛嬌があってかわいいの」

「そのお隣はご存じ、2年生の黒川詩帆璃さん。もはや説明不要ね」

「あっちのアレが2年のゴン。苗字は・・・」
青砥あおと青砥権太あおとごんた。お前わざとだろ!」
と、ゴンがこっちを見て文句を垂れている。
「ラップが好きでいつもラッパーのコスプレをしているわ」
「コスプレじゃねえわ。これはファッション!」と、異議アリのゴン。
「ゴンでも権太でも好きなように呼んでくれ。よろしくなー」

「あと今日は姿を見せていないけど、他にも部員は何人かいるわ。みんな兼部しているから、なかなか会う機会は少ないけれど。それでもみんな詩が大好きなの。ここのみんなは、うたわずにいられないのよ」

「そして私が、2年A組の夏目なつ子。剣道部と兼部。夏目先輩なんて呼ばないでね。なつ子さんでいいわ。それじゃあいさつ代わりにこの前作った詩を披露するね」
なつ子は窓側へと歩いていって、皆の方へと向き直り、姿勢を正した。
ゴホンと、咳払いして口を開く。


 おうちでひとり
 ひとりで泣いた
 びえんびえんと
 子どものように
 おうちでひとり
 ひとりで泣いた
 鼻をはらして
 むせびないた
 目から鼻から
 ナイアガラ
 泣き寝入りだね
 季節柄
 花粉あちこちあふれるタウン
 ダウンしないで点鼻薬deギャフン
 罪もないのに嫌われる存在
 泣きたくなるよね扱いぞんざい
 花粉もわたしも
 泣いているいる
 春風のおもかげを
 抱いて寝る寝る

 『K.F.N』 夏目なつ子feat.花粉

「おおお!?お前、俺とラップやらね?」と、目を輝かすゴン。
「やらない」と、キッパリのなつ子。
リズミカルでコミカルな詩に途端に惹き込まれ、
こちらも目を輝かす翔風。
「すごい。すごですよ。なつ子さん」
えへへ顔のなつ子。
「それじゃあ私は剣道部に行くわね。今年から副主将になったから忙しいの」と、言い残し、足早に部室から出て行った。嵐のような人だ。

「なつ子さん。廊下は走らない」と、真姫が追いかけて注意する。
「ごめんなさーい」という、なつ子の声が遠ざかってゆく。

それじゃ俺も、と椅子からゴンが立ち上がった。


 バシドカドンパンセパタクローの夜明け
 目玉焼きのはじっこハシビロコウの共鳴
 犬のあくびにつられて雲の上
 生れてこの方いつまでもおまけ
 悪い夢なんてほっとけ
 過充電の温度計
 ガラン ゴロン
 ガラン ゴロン
 かゆいところに手がトドカン
 叫びたい心に大きな土管
 耳をすませよおれらのポテコ
 自由な世界へ飛び出せ無抵抗
 廊下を走ってく掟破りの女子生徒
 荒野を突き進む自由の女神So Take On
 MEEEEE

「タイトルはそうだなあ。『So Take On MEEEEE』なんていいかも」

即興詩に圧倒された翔風は、詩が書けなくて悩んでいることを部員の前で吐露した。
「最初はただ思い浮かんだフレーズをただ刻んだだけ。それから、さっき見た光景を詩にのせた。それだけ。最初の方はひとつも理解ができなかったっしょ。でも、なんとかして理解しようとするだろう?しちゃうだろ?そうすると俺の書いたもんがお前のもんに変わるんだ。わかるかい?」
「はい。わかります」
「つ・ま・り。書けない時も書けちゃうもんだ。そこにハートがある限り。な」
翔風の心臓あたりを握りこぶしでちょんと触れるゴン。

「悩んでいる佐々木君の姿を見ていたら、私も一篇できた」
真姫が、メモ帳を片手に読み上げる。

 若き日の
 悩みの種の
 タネ明かす
 蓋を開ければ
 もう箱はなし

 『悩みの箱』 南真姫

部員たちのあまりのすごさに翔風はひたすら感動していた。

と、そこに「みなさん座ってください」と、会長が号令を掛ける。
全員が椅子に座る。
「今年度の予定は来週中には正式に出せると思います。
ただひとつだけ、すでに決定したことがあるのでお伝えします」
会長に注目する一同。

「桜舞高校詩の会は、部内恋愛禁止となりました」
と、会長の眼鏡が光った。

「えっ」と戸惑うさわやか。
「ぎょっ」と固まるリヒト。
「ふぅ」と息を吐く真姫副会長。
「ほー」と天井を見上げるゴン。
目をつむり不動の詩帆璃。
「ん?」と頭上に?を浮かべる翔風。

その日の夜、翔風は自宅2階の自室の勉強机に向かい座っていた。
今日という一日の出来事を思い出しながら、
ノートにシャーペンで何かを書いている。
「ポエジー」と独り言をつぶやく。
「翔風。ご飯だよー」
1階から翔風を呼ぶ祖母の声が聞こえた。
「はーい。今行くー」
シャーペンを置き、ノートをじっと見つめ、満足げに「よし」とこぼし、椅子から立ち上がり、部屋の電気を消し、1階へと階段を降りて行った。
部屋にこぼれる廊下からの灯りに、
書き終えたばかりのノートが照らされている。


 わからないことだらけで
 いつかわかるのかもわからない
 はじまりはいつなのか
 おわりがあるのかもわからない
 誰かは恋のうたをうたい
 誰かはあの日のことをうたう
 誰かはひとりで泣いていたり
 誰かはへんなことばかりしている
 たくさんの生命いのち
 そこらじゅうでうたっている
 ぼくらはわからないながらも
 うたうだろう
 うたえることがわかったから
 うたえることがわかったから

 『うたえること』 佐々木翔風

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