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恐ろしいパンとの再会
車で5分とかからない場所に、お気に入りのパン屋さんがある。
今時のお洒落な雰囲気ではなく、外観はいたって普通の街のパン屋さんというテイストなのだが、ここのパンはとにかく素晴らしい。
このパン屋さんとの出会いは夫がきっかけだった。
私は前職で電車通勤をしていて、その通勤電車から外の景色を眺める度にとあるパン屋さんが目に入っていた。
朝の光の中に佇む、小さなパン屋さん。理由はわからないけれど、何故か気になる存在だった。
私が朝電車に乗るのは7時過ぎ、帰宅は18時半以降だったのでそのパン屋さんはいつも閉まっていて、シャッターが降りているところしか見たことがなかったのだが、いつもなんとなくそのパン屋さんが気になり「いつか買いに行ってみたいなぁ…」と思っていた。
しかし、休日になるとそんなことはすっかり忘れてしまい、仕事の日になるとまた電車でその看板が目に入って「あ…」と思い出す、そんな日々を繰り返していた。
結局一度も買いに行けないまま3年程の月日が流れた頃、私は夫と出会った。
そして付き合うようになり、ある日夫が買って来てくれた食パンを食べて衝撃を受けた。
「何これ?!?!!!!!何このしっとりふわふわ感!!!!!!!めちゃくちゃ美味しいんだけど何?!これどこの?!?!?!?!?!」
私が大興奮で尋ねると、夫が「あそこのパン屋さんだよ」と、そのパン屋さんの名前を答えた。
ああああ!!!!!!!!!あの!!!!!!!!あの電車から見てたあそこの!!!!!!!!!!あああああやっぱり!!!!!!!!!!
食パンのあまりの美味しさと、毎回シャッターが降りていても何故か気になっていた理由が「私の美味しいものセンサーが働いていたのか!!!」とピタッと重なり、とても興奮した瞬間だった。
それ以降、私は足繁くお店に通い、いろんなパンを食べた。
まず、食パンが素晴らしい。
1斤240円というスーパーにあるパンよりは少しお高めな設定ではあるものの、これはお値段以上の価値がある最高の食パンである。
もう、手に取った時に「あ…」とわかるふわっと感。手触りからして優しいのである。
耳まで柔らかくしっとりとした生地、そしてたっぷりと使われたバターの香りが漂う贅沢感。
この食パンに手を出したらもう他には戻れない味だ。
ベースの食パンが素晴らしいので、サンドイッチ系は間違いなく美味しい。
定番のたまご、ハム、豚カツなどに加えて、あんこ生クリーム、ピーナッツバターなどの甘い系も最高だ。中でも、個人的なお気に入りはエビカツである。プリップリのエビが使われたエビカツと、絶妙な味付けのタルタルソースがたっぷり挟まれている。見つけたらほぼほぼ買ってしまう一品だ。
カレーパンも忘れたくない。
外はカリッと、中はジュワッと、この塩梅が素晴らしい。カレーの味付けもさることながら、カレーを包むこの生地が最高なのである。揚げたてが並ぶタイミングに出会した日には、買わないという選択肢などない。
コロッケパンも絶品だ。
ドーン!と挟まれた大きなコロッケを包む、しっとり柔らかなコッペパン。コッペパンというと少しパサつくものもあるが、ここのコッペパンはパサつきとは一切無縁である。たっぷりの千キャベツと大きなコロッケを、しっとり包み込むコッペパン。コロッケの中に入ったコーンも、食感のアクセントになっている。
そんなこんなで、このパン屋さんの常連となって10年近くが経った。
食パンは常に買っているものの、他のパンはブームのようなものがあった。
エビカツブーム、カレーパンブーム、コロッケパンブーム…
その時々でハマって食べまくっては「そろそろいいかな…」という時期が来て、少し食べなるなる…という波があった。
そして昨日、またこのパン屋さんに行った私は久々に見つけた。
「サクソン」だ。
この「サクソン」は、一時期私がめちゃくちゃハマっていたパンだ。
この記事を書くにあたり「サクソン パン」でネット検索をしてみたものの、ヒットするものはなかったので、どうやらこのお店のオリジナル商品のようである。
「サクソン」はとても大きい。
インドカレー屋さんで出て来るような「ナン」レベルに大きい。
形は大きな三つ編みのようになっていて、生地はクリームパンを包むようなしっとり系の生地。
そこに「これでもか!」という程の砂糖がまぶされて、良い色に焼かれている。食べると砂糖の部分がジャリっとして、しっとりした生地との食感が絶妙で、こんなに大きいのにペロリと食べられてしまう、恐ろしいパンなのだ。
妊娠中、これを美味しい美味しいと食べてぶくぶくと太ってしまったため、少し遠ざかっていたパンだった。
この「サクソン」は朝早い時間には売られていない為、普段は午前中にこの店に来る私が珍しくお昼すぎに来店した昨日、本当に数年ぶりのご対面となった。
見つけた瞬間、手に取っていた。
ああ恐ろしい。
体があの美味しさを覚えているのである。
「明日の朝食べよう…!」
と思って帰宅したにも関わらず、家に着いた私は気付けば「サクソン」を開封し、ひと口食べていた。
ああああああああ…!!!!!!!!!!!このジャリッ、ふわっ感!!!!!!!!!!!しっとりふわふわ!!!!!!!!でもジャリッ!!!!!!!!!あまーーーーーーーーいおいしいいいいいい!!!!!!!!!!
あまりの美味しさに1人で悶えた。
子どもたちに見つかったら一瞬でなくなることは目に見えていたので、静かに食べた。
甘さが体に染み渡っていく。大量の砂糖がまぶされているはずなのに、全然しつこくない。それどころかサクサク食べられてしまう。
なんて美味しいんだろう…
ふと「サクソン」を見たら、半分なくなっていた。
いや怖い!!!!!!!!!何事?!??!!!!!!!
それが「サクソン」である。
明日に楽しみを取っておきたい私は、むりやり袋をぐるぐる巻きにした。今日はここで「やめ!」である。
明日の「サクソン」を確保しなければならない。
思い出す。妊娠中もこんな調子でおやつに「サクソン」を食べては、一瞬で終わっていたことを。そしてまたあのパン屋さんを訪れては、「サクソン」を購入していたことを。
ああ恐ろしい。でも本当に美味しいのだ。
「サクソン」との久々の再会に恐怖と興奮を覚えながら、私はこれほど美味しいパンを届け続けてくれるあのパン屋さんに感謝した。
私はこれからも美味しさと幸せと脂肪を買いに行くだろう。
あのパン屋さんには、これからも私を恐れ慄かせて欲しい。