拡張される”生”のブランド体験|ARがもたらす新たなブランディング戦略
ブランド体験の中で息づくバーチャル。
これからのブランド体験では、五感で感じる体験、すなわち『一次体験』にバーチャルな体験が混ざり合った新しい体験が生まれてきます。
そこで活躍する技術がAR。
ARによるブランドの一次体験の『拡張』。つまり、『リアル×デジタルな一次体験』はすでにその兆候を見せています。
高い没入感を演出するARの導入によって、リアルとデジタルが入り混じったブランド体験とはどのようなものになるのか?
今回はすでにある事例をもとに、『ARが変えるブランド体験』について探っていきます。
ブランド体験を充実させるために
小売業では近年、ARをブランド体験に活用する試みが積極的に行われています。ARは体験をよりリッチにするために活躍することが期待されてるからです。
そもそも、ARに限らず、仮想体験に関する技術は小売業界に浸透し始めています。
アメリカの調査会社Gartnerによると、2020年までに46%の小売業者がカスタマーサービスにAR/VRの導入を検討しているそうです。
小売業において仮想体験の活用は今後増えていくでしょう。
ただ、仮想体験と言っても今回お話したいことはAR(拡張現実)です。ARとVRの大きな違いは、ARは現実をベースに仮想体験を構築している点です。つまり、ARでは生で感じる一次体験が担保されます。
なぜ僕が一次体験を担保することにこだわるのか?
ニューヨーク発のアイウエアブランド「Warby Parker」は設立当初、実店舗を持っていませんでした。自宅に試着用のメガネを送ることで試着機能を持たせようとしたのです。ですが、最終的には実店舗の開店に至りました。Warby Parkerの創業者の一人ニール・ブルメンソールは、事業を拡大する中で、店舗の持つ「ブランド世界観の体験」を提供する価値に気が付いたそうです。
ダグ・スティーブンス氏は著書「小売再生 ―リアル店舗はメディアになる」の中でこう語っています。
小売店舗が活用できるメディアとしては、現実のショッピング空間こそが、最も強力で直接的な影響力を持つ極めて重要な存在になるだろう。
店舗での体験価値が模索される中で、店舗のショールーム化は一つのトレンドとなりつつあります。その時店舗が持つ強みとは、五感をフルに活用した生の体験、すなわち一次体験だと考えています。
ARはその一次体験を次のステージへ進めます。
これからは生のブランド体験にデジタルを加えることで、『リアルな一次体験』を『リアル×デジタルな一次体験』に拡張させることが重要です。ダグ・スティーブンス氏はこれを”フィジタル体験(フィジカルとデジタルの融合体験)”と呼んでいます。
ARはフィジタル体験を実現させることができます。ARで拡張された環境では、デジタルを使って初めて可能になる演出を使ったブランド世界観が提供されます。そして生まれた没入感のあるリッチな体験はそのままブランドの発信力・浸透力に繋がり、顧客とブランドとの関係性をより強固にすることが可能になります。
個人的に『リアル×デジタルな一次体験』を提供することで、店舗を出た後も強く印象に残るようなブランド価値を提供できると考えています。
それでは、ARを活用した『リアル×デジタルな一次体験』の具体例をみていきたいと思います。これから紹介する4つの事例は、どれも個性的な手法でARを活用し、消費者の印象に残るようブランド価値を『拡張』させた体験を提案しています。
没入感のある体験を
ARが可能にする『リアル×デジタルな一次体験』では、没入感のある演出が、リッチな一次体験として提供するために重要です。
僕が所属するMESONは今年の8月から期間限定で『PORTAL』というARコンテンツをリリースしていました。
『PORTAL』は利用者に楽しんでもらうARファッションランウェイであると同時に、新しい顧客体験の創造を目的とした挑戦です。
これまでは店舗での体験は物理的空間に限られていたため、店舗の主な価値は商品の展示と購入でした。しかし、デジタルで演出される空間ではそういった制限はなく、店舗で体験できる価値も変わってきます。
店頭で提供されるべきAR体験とは、没入感を伴ったブランド体験です。ブランドの世界観をリアル×デジタルで拡張された一次体験として感じさせることが重要です。
そこから生まれるブランド体験価値とは没入感のある空間でブランド世界観を体感してもらう機会。
ARは空間全体を演出することによってより没入感のある体験を可能にするため、空間を通して人間の五感にアプローチをすることが重要です。この空間デザインの観点は、演出の幅を広げるだけでなく、ブランドに合わせた世界観の演出をするために必要な要素です。
つまり、これからのブランド体験には五感を満足させる空間演出が必要になります。
PORTALではARを通して発生する視覚と聴覚への刺激を考慮されており、実店舗にもAR演出と調和する装飾がなされています。
ただ単にバーチャルに表現するだけでなく、五感で感じる没入感のある演出を空間に施すことで、生のブランド体験価値を拡張できると考えています。これはリアルを拡張させるARならではの効果です。
一次体験をもとにブランド演出を拡張させることは、ARを使ってリッチで没入感のある体験を届けるために重要なことだと考えています。
コミュニケーションを促進するAR
ARはブランドを深く理解してもらうためのコミュニケーションツールとしても活用されています。
言い換えるならば、ARは『つながり』を生み出す技術です。
中国アリババ・グループの支援のもと2017年12月に上海に開店した「スターバックス リザーブ ロースタリー上海」では、ARを使った『つながり』を生み出す試みが行われました。
スターバックスの成功を考えたときに、利用者と店員の距離の近さがあると考えられます。距離が近くなることによって、より良いカスタマーサービスを提供することを可能にしているからです。
『スターバックス リザーブ ロースタリー上海』では、アリババが提供するアプリのAR機能を使って、コーヒーの種類や一杯のコーヒーができるまでの製造過程を学ぶことができます。スマホの画面にはスターバックス独自のコーヒー豆の醸造方法が映しだされ、自分が飲むコーヒーについて知ることができます。
この『情報を共有する』という行為はブランドと顧客とのつながりを構築する上で非常に重要な要素です。そして、その情報を発信し共有する場面、つまりコミュニケーションが発生する場面ではARが活躍します。
普段接している空間にデジタルで情報を付加することで、一次体験の枠組みの中でブランドをより深く学ぶことができます。
また、ARを活用するメリットの一つは、ビジュアルで伝えることによって、より効率的に情報を伝えることができるようになることです。
つまり、ARはブランドコミュニケーションを活性化をもたらします。
知ってもらうことは「つながり」を生み出す第一歩であり、ARを活用することで、その「つながり」を拡張することが可能になる。ということです。
ARを中心に構築された体験では『見慣れた店舗』が『デジタルで拡張された店舗』になり、ブランドと顧客とのコミュニケーションは一次体験のまま、デジタルに移行していきます。
ブランドと消費者との間にすでに存在する「つながり」をさらに拡張することがこれからARで可能になると考えています。
『スターバックス リザーブ ロースタリー上海』で導入されたARは、スターバックスのコーヒーをもっと知ってもらうことで、お客さんとスターバックスとの距離を一歩先に進め、ブランドコミュニケーションを拡張しようとするチャレンジだと言えるでしょう。
生活に溶け込んだブランドへ
多くの企業がARをブランド戦略に活用していますが、なかでもKate Spade New Yorkはいち早くAR導入を決め、活用している企業です。
これまでもKate Spadeは積極的にテクノロジーを導入しているブランドとしてイメージを確立してきました。そして今、自社のブランド体験を拡張するために、様々なARキャンペーンを打っています。
2017年にパリに旗艦店を開店した際に、『ファッション』『テクノロジー』『メディア』を組み合わせたキャンペーンを行い、ARが実験的に導入されました。パリの街に10箇所マーキングが施してあり、そこで専用アプリを起動させるとKate Spadeに関連したARコンテンツが飛び出てくるというものです。
この体験型キャンペーン『My Little Paris Tapage』はARを活用したKate Spadeのコンセプト “Store of the Future” を体現したものとなっています。
ファッションブランドとしてだけでなく、ライフスタイルブランドとしての認知を広めたいKate Spadeは、街を舞台にしたキャンペーンを打つことで、ブランドを消費者の生活に溶けこますことを狙っています。
この事例のように、ARの活用は店舗内だけに収まりません。Kate Spadeは街全体でブランドを演出することによって、街歩きという一次体験の中でのブランドとの出会いを提案しています。
そして、ARが生み出す価値はブランドのイメージを向上させるだけなく、ブランドをより生活に浸透させることでもあります。生活の中にARを溶け込ませることによって、ブランドと顧客との距離を縮め、ブランドの存在自体を生活の中に取り込ませることが可能になります。
このKate SpadeのARキャンペーン『My Little Paris Tapage』では、街を歩いているなかでKate Spadeに出会うことで、生活に浸透したブランドというイメージを演出していると考えられます。
ARが生む”世界にひとつだけ”
気に入った商品は買ってくれる。ではどうすれば気に入ってもらえるのか?
その一つの答えが一人一人に合わせたカスタム化だと考えています。
例えば、服や靴のサイズは同じようでいて、みんな少しずつ違います。ZOZOが提供する体型計測スーツ「ZOZOSUIT」は、その個人に合わせた商品へのニーズに応えたものでした。
ARの活用によって実現する体験の一つが、店舗での個人に向けた商品の最適化、つまり商品のカスタム化です。
これまでカスタムオーダーで製品を作ることはコストがかかりすぎていました。オーダーメイドのスーツを思い浮かべてもらえれば、その費用が想像つくかと思います。しかし、AR技術を利用することでカスタマイズのコストを下げることが可能になりつつあります。
New YorkにあるNike By Studioで開催されたキャンペーンNike Maker Experienceでは、AR技術を用いて個人の足にフィットする靴を作り、さらにデザインをカスタマイズできるサービスが提供されました。
このキャンペーンはアメリカのクリエイティブスタジオW+K The Lodgeと共同で開発されたもので、ARを使った「世界にひとつだけ」を手掛ける先進的事例となりました。
また今回のキャンペーンでは製品の完成までにかかる時間はおよそ90分だと言うことも驚きです。
実際、Nikeはこれまでにもカスタムスニーカーのサービスを提供していましたが、カスタムオプションも少なく、商品の配達まで3~5週間を要していました。
AR技術を用いたカスタムサービスはカスタマイズの幅を広げ、所要時間も大幅に短縮することも可能にしました。
こういった変化はこれから小売業を中心に広がってくると考えられています。
顧客との接点である小売店において、カスタムオーダー製品を提供することはブランドロイヤリティ・LTV(顧客生涯価値)の向上につながり、売上げを改善することが見込まれるからです。
ARを活用することによって、これまでのような同じ商品を大量生産するのではなく、個人に最適化された商品を提供することが可能になってきます。
ARを使った新たな一次体験
ブランド体験は日々進化しています。
そのときにARが果たす役割について考えてみました。
ブランド体験を提供する際に、体験の一次性を担保することが重要で、ARは五感を使った生の体験をデジタル空間へ拡張させます。
つまり、ARは単なる販促キャンペーン用のコンテンツではなく、ブランド体験を拡張してくれるテクノロジーです。
これからブランドでのARコンテンツを体験する際には、『どうブランド体験を拡張しているのか?』という視点に注目して考えてみたいですね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
僕が所属しているMESONは「Spatial Computing時代のユースケースとUXをつくる」をテーマに掲げて活動しています。様々なアセットを持つパートナー企業と組むことによってユニークなARサービスを提供しています。
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