魚河岸まで八里#2
─柴又から江戸川駅まで─
鮮魚街道(なまみち)の旅は写真集を作り力尽きた。だが、道は続いている。今度は鮮魚街道の終点である松戸の納屋河岸から、鮮魚が船で運ばれた日本橋魚河岸を目指し、江戸川、旧江戸川、新川、小名木川、日本橋川沿いを歩く。
やらかした!
痛恨の二度寝である。
11月、連休の初日。朝も早よからせっせとせっせと嫁と娘と前泊している義理の妹2人とその子供たち3人の計7人をディズニーランドに送り出し、その後、シンクに溜まった散らかり放題の食器を洗い、言いつけられた洗濯物干しを遂行した。
まだ時間も早いし前日に呑みすぎたので30分だけ寝てから撮影に出かけようと思ったのだが、起きたら11時だったのだ。
時間の進み方がインターステラーの水の惑星ばりよ。あ、あれは重力の関係で惑星の1時間が地球だと7年分時計が進んじゃうんだったな。でも、まぁ、そんな感じ。ひと瞬きで3時間。
本当は朝10時には現地に着いて下総神崎駅−佐原駅間を歩こうと思ったのだが、もう間に合わない。
慌てても仕方がないので、落ち着いてサッポロ一番しょうゆ味をすすりながら、プラン変更をすることにした。
そう、こんな時の近場、葛飾柴又である。
前回は松戸をスタートし、矢切りの渡しを令和初の交通手段として使い、船着場から柴又までを歩いた。今日はその続きである。
とりあえず荷物をまとめて自宅を飛び出した。
今回は新しい試みとして、テレエルマリート90mmF2.8のレンズを持ってきている。江戸川土手からこの中望遠レンズで川沿いの町を撮影してみようという試みだ。
昨今、私の使用するレンズの画角が35mmから50mmに変化した。年齢と関係があるのだろうか。徐々にフレーミングが狭くなっている気がする。例えば28歳の時は28mmレンズばかり使っていた。いや、ほんとに。
で、35歳辺りから35mmレンズになって、50歳で50mmレンズよ。正確には今53歳
なので53mmなのかも知れない。
では、さらに90mmだとどんな感じだろうか、という実験でもある。試しに近所を撮影したが、全然ダメだった。わしにはまだ早いじゃて、あと37年かかるわい。
ちなみに今回使用するカメラ本体は、いつものライカSLである。
12時25分。京成津田沼駅で快速特急に乗り換えようと思ったが、2番線にがらんどうの各駅電車が始発で大きな口を開けて待っていた。
余裕で座れるし、ついついそっちに乗ってしまった。これが大失敗。当たり前だが、各駅だからめちゃくちゃ各駅に停まるではないか。
谷津駅、船橋競馬場駅、大神宮下駅、京成船橋駅、海神駅、京成西船駅、東中山駅、京成中山駅、鬼越駅、京成八幡駅、菅野駅、市川真間駅、国府台駅…。
ふう。江戸川駅で降りればよかったか。地図を見ると江戸川駅あたりが今日のゴールになりそうだからだ。江戸川駅からその先の柴又駅まで逆走で歩いても道は同じだろうと思ったが、コンセプトが変わりそうになるのでやめた。
そんなことを悶々と考えてるうちに高砂駅に着いてしまった。
立ち食いそば屋の鰹だしの匂いが充満する高砂駅から連絡通路を渡り、京成金町線に乗り換える。私の会社の会長がこの単線を使うので鉢合わないように十分用心しながら歩く。
高砂駅発の始発駅なので座って発車を待っていると、わなわなと客が乗り込んで来て最後はほぼ満員状態となった。
グゴッっという金属の重たい音が鳴って電車が走り始めるとモノの数分、ひと駅で柴又駅に着いた。金町線の混み具合で薄らと予感はしていたが、柴又駅前は観光客でごった返している。なんと、「寅さんサミット2023」の初日なんだそうな。なんだそりゃ? 皆、帝釈天で産湯を浸かり粋な姉ちゃんと立ちしょんべんしたいのだろうか。
とりあえず、改札を抜けて駅前の広場に出ると寅さんの銅像は知っていたが、妹のさくらの銅像もいるではないか。今まで全然気がつかなかった。ちょっとやり過ぎな気もするな。100年後には、この後ろに追いかけてくるタコ社長まで作るだろう。
帝釈天にはまるで興味がないので、参道と並行している裏道を歩く。前回は向かって左の裏参道を歩いたので今度は右へ右へ。帝釈天の喧騒を離れた裏道は私がたまにバンドでやるライブのように静かで閑散としていた。
駅から江戸川まではすぐである。もう11月だというのにとんでもなく良い天気である。半袖でも汗が滲む。とりあえず江戸川に着いたので、なるべく川沿いを意識して南へ歩く。
東京下町の民家の縁(へり)を流れる江戸川の堤防はとんでもなく高い。まるで高層ビルのようだ。その縁のすぐ下で人々が川を忘れて普通に生活している。
その縁に興味がある。今回の隠れた撮影テーマでもある。
川沿いの道は東京都道451号江戸川堤防線という味気ない名前がついている。車はガンガンすっ飛ばし、歩道などまるで無いデンジャゾーンだ。歩行者や自転車が川沿いを通りたければ土手を行けということだろう。
しかし、私の場合、土手に登ってしまうと写真は単調になり、つまらなくなる。でも、今回のテーマは川沿いなので、付かず離れずな距離感でもって、なるべく近くの道を歩いた。
これが意外と難しい。大抵は都道451号線から垂直に道が延びているので、土手を歩かず川沿いを歩こうとするとジグザグに進むことになる。撮影に夢中になっているとどんどん川から離れていってしまう。
結果時間を要してしまい、土手でのんびりウォーキングをしているアルムおんじと写真を撮りながら歩く私のペースはほぼ一緒。たまに家と家の間から垣間見える土手を写すと必ず同じ
アルムおんじが写っているという始末。
ジグザグ歩行に飽きたところで、たまには土手から見下ろす景色もいいかなと思いつき、雑草だらけの階段を登ってみた。アルムおんじはどこかで土手を降りたのだろうか、私の見える範囲にその姿は見えなかった。
たおやかに流れる江戸川は水の色濃く、思ったより水深は深そうだ。江戸時代は魚をパンパンに積んだ高瀬舟がここを往来していたのだろう。
遠くには市川駅のタワマンが霞んで見える。今日はあそこまでは歩けない。スタート時間も遅かったし、やはり江戸川駅までがいいとこだろう。
前回は江戸川を千葉県側から下る予定だったが、やんごとなき理由で矢切りの渡しを使ってしまい、今回から東京都側を歩くことになった。橋はそう滅多に無く、次に千葉県側から渡れる橋は遥か彼方の市川橋だ。そこまで千葉県サイドに思い入れはないので、このまま進もうと思う。
しかし、東京都側で良かった。
東京の柴又や北小岩は下町の風情があるし、川沿いの町は倉庫があったり、手付かずの空き地や古い寺、墓場などあって撮るに困ることはない。
川向こうの千葉県側を見ると高校や大学、だだっ広い公園しか見えないからである。とくに大学の広い敷地はスナップ写真を撮る者にはキツい。景色が単調で面白くないからだ。
目の前の河川敷にはラグビー場が3面ほど広がり、高校、大学、社会人の草ラグビーの練習試合が行われていた。
ラグビーの試合など滅多に観る事がないので、暫し立ち見していたが、ルールがさっぱり分からなかった。ただ、どのチームもマネージャーが可愛いことだけは分かった。
そろそろ江戸川駅も近いので土手を降りることにした。いつの間にか住所は柴又から北小岩に変わっていた。
ディープな下町だった。
改札に着くと高校生カップルが改札前でプラスルとマイナンのようにくっついてイチャイチャしていた。私は構わずトイレに駆け込み用を足し、手についた水を弾きながら出るなり、突然に気が触れたかのように彼氏が階段を駆け上がっていった。なんだなんだ。おじさんの水滴がかかったか。それを見送り笑顔で手を振る彼女。
電車が到着するギリギリのギリまで一緒にいたかったのだろう。とんだ江戸川版のマリリンに会いたいだな馬鹿野郎。
もちろん私はぼーっと立ちすくんでいたので、貴重な各駅電車に乗り損ねた。
陽が傾いた誰も居ないホームの端から、せめて江戸川を眺めようと思ったが、柵が高くて灰色の壁しかみえなかった。