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始まりの証...003


小学校の通学路に山道があった。


本当は山道は私の通学路じゃなかったのだけど、実はあそこを通って帰るのが大好きだった。


集合住宅の隣のミカン畑に金網のフェンスが張ってあり、真ん中を急で細いコンクリートの下り坂が続く。

付近の住宅は直ぐに無くなって森の中に入る。

殆ど真っすぐの山道の出口の少し手前で右に曲がると、小さな沼がある。

小さな沼の水は澄んでいいて、けれどもいつも静かで波立つことは無かった。
冬には薄い氷が張って、それを取り出して地面に落とすと鉄琴を鳴らすような音で割れた。

氷が張らなくなってしばらくすると、水の中にプクククッ....と泡があがってきて私は確信した。


何か住んでる!


まわりに川も沢も無かったので、今考えるとあの沼は湧き水が溜まっていたのかもしれない。
ときどき上がってくる泡の正体を突き止めたいが、まだ眠っているような沼を起こしてしまうのは少し気が引けた。


しばらく経ったある日の帰り道、沼のあたりから男の子たちの声が聞こえた。


彼らは沼で何かを発見したらしい!



遠くからそっと見ていると、木の棒を持った男の子たちが何やら突いている。

私は、ついにあの泡の正体が分かるのではないかと息を飲んだ。


しかし、彼らが突いているものは遠くからは見えず、私はその正体をその日突き止めることはできなかった。

次の日、「今日は一番にあの沼にたどり着き、なんとしても沼に住んでいるモノの正体を見るんだ!」と決めて、学校のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出した。


細くて急な坂道をつんのめりそうになりながら走って下る。
「おっと、いけない。途中で適当な長さの木の枝を探さなきゃ。」
あたりを見回し、少し太いが短めの枝をみつけて、それを手にもって沼へ近づいた。


まだ誰も居ない沼....。


覗き込むが、魚は見えなかった。

いや、ジッとしていれば朽ちて落ちた木の陰から、なにか出て来るんじゃないかと息をひそめた。


プクククククッ.....


赤いものが動くのが見えた。

ザリガニだ!
泡の正体はザリガニだったんだ。

正体が分かって納得したというのもあったが、想像していたなにか凄いものじゃなかったことに少しガッカリもした。

持っていた木の棒を沼にそっと差し込むと、鋏を向けてザリガニは後退して行った。


なんだぁ...と思いながら引こうとした棒のその先で、水が繋がったまま動いた。


???


とっさに引っ込めようとした棒を止めた。
意味を理解しようとしたが、水が繋がったまま動くことに考えは及ばなかった。


どうしようか迷ったが、このまま棒を突っ込んでおくわけにもいかず、ゆっくりと引く。


ぬるり、と水が繋がって動いた。


訳が分からなかったが、私はその繋がった水を掬うように棒を一度深く入れてから持ち上げた。
棒には明らかに重さが加わっていた。

何が出て来るのか分からいが、怖いもの見たさもありグイッと棒を思い切り持ち上げた。


その途端、棒の先に絡みついた水の塊が持ち上がったかと思うと、ボトボトと音を立てて水の中に落ちていった。

初めて見るものだった。


「スゲーだろ!お前も見たのか?」


急に話しかけられて驚き、持っていた棒を落としそうになったが、昨日ここに居た男の子の一人が一緒に棒を掴んでいてくれていた。

「このゼリーみたいな奴に黒い丸いものが入っているのは分かるか?」
と言って、棒に少しだけ水の塊をひっかけて引き上げて、地面の上に置き、
それを手の平に取って広げて見せてくれた。

私は一緒に手の平を覗き込んでそれを見て、そして彼の顔を見た。

「カエルの卵だよ。この黒い点々がこれから大きくなって、オタマジャクシが生まれて来るんだ。」
そう説明すると、私にも触ってみるか?と聞くようにカエルの卵の乗った手を差し出した。

恐る恐る手のひらに乗ったカエルの卵を触ってみた。
ゆるく固まったゼリーのような感触。
冷たくて、あんまり生き物みたいな感じがしないけど、なんだか特別な物に出会えた気がしていっぺんで好きになった。


「スゲーよな。ここからオタマジャクシが出て来るんだぜ。スゲーよな。」
と少し興奮気味に言う男の子は、そっと沼にカエルの卵を戻した。

「お前、いつもここを通って帰るのか?」
沼にしゃがんで手を洗いながら話しかけられて、「えっ?う、うん。」と曖昧に返事をした。

しかし、曖昧さは彼には気にならなかったらしい。
「あっちの深いところにもっと、いっぱい卵があるみたいなんだ。明日はもう少し長い棒を持って来ようぜ!」


新しい冒険の相棒に私を選んでくれたらしい。
「うん、分かった。長い棒だね。」
私は笑って答え、この沼の泡の正体をもっと詳しく突き止めるための探検隊の隊員になったのだった。

ぬるっとしてツルリとした感触のカエルの卵は、これから始まる冒険の証として大切にしまっておかなければ。










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