やさしさに包まれると、重い話をしたくなる
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実は私、度がすぎるくらいのお調子者。
普段は控えめでおとなしいのですが、今いる場所が
・安心できる
・自分の存在が許されている
・悪意や敵意を持った人がいない
このように判断すると、途端に「お調子者キャラ」が爆発します。
お調子者キャラが発動すると、どうなるか。
重い話をしたくなってしまうんです。
「重い話」とは、いわゆる「私の黒歴史」。
思い出したくもない昔の出来事で、普段は「心の玉手箱」に封印しているんです。
それが、なぜか「いま心地いい空間にいる」と感じると、周りに話したくなってしまうんです。
理由は、許されたいから。
自分で自分を許せないほど、後悔していることがいくつもあります。
自分の自身のなさのせいで、多くの人を傷つけました。
それが、「重い話」。
温かい人たちに囲まれると、つい話したくなってしまう。
過去の自分の行動は仕方なかった、間違ってないんだと正当化したいのかもしれません。
でも後悔は消えず。
消したくても、消えません。
ときどき、心の玉手箱から、じわじわと煙がもれて昇ってくるのです。
黒歴史を面白おかしく話して、みんなから注目されたいって気持ちもあるのかもしれませんね。
「親しき仲にも礼儀あり」
今の私への処方箋(処方ことわざ?)です。
心の玉手箱は、しっかりと閉じておこう。