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古書の日

週末はPBFAという古書組合のCambridge Bookfairがあった。Mill road沿いのSt. Barnabas教会の中に、オックスフォードから出張って来た本屋が所狭しと並ぶ。教会イベントなので金土だけで、日曜日はお休みだ。

天井の高い教会に所狭しと並ぶ古本を見ていると、何となく下鴨神社の古本祭りみたいだと思う。高校時代の定期券で行ける範囲じゃなかったから、そちらには行ったことがないのに、できなかったことがほんのり懐かしい。

古書収集家のMxxxxxxと、気が付けばいつもつるんでいるDxxと一緒に出掛ける。MxxxxxxとDxxは相性が良かったみたいで、ちょっとほっとする。イギリス人は割と人見知りするので、新しい友達を紹介するのに緊張することもあるのだ。

Mxxxxxxの友人が、売っている本の中でも特にcuratorさえ気づかなかったような価値がある本を発掘した話を聞かせてくれる。
「ここに来るまで、この本を探しているどころか、あることさえしらなかったんだ」
といって、中世に作られた医学書のカタログ(多数の使用者の書き込み入り)を見せてくれる。こういう偶然の出会いはオンラインだとなかなかないのだという。
他には、表紙裏に特徴的(かな?少なくとも話者が良く知っている)筆跡の書き込みがあって、ある詩人が、友人の結婚記念に詩を書き込んで贈ったものであることがわかるとか。しかも未発表の詩だ。
それ以外にも、活版印刷の本の間にいくつか落丁した分のページが追加されていて、その書き込みが非常に巧緻な筆跡のカリグラフィーであったり。Curatorは沢山の本を一度に見なければならないので、どうしても見落としが生じるが、書いてであればかえって余裕を持って眺められるのでそんな面白い出会いがあるのだそうだ。特に聖書のCurationは難しく、一ページ目から順繰りに、きちんと想定通りの内容で抜け落ちがないか見なければならない(というか、皆が知っている内容なので落丁があったら買い手にばれる)ので、集中してcurateする間は「話しかけないでね」ってサインを出すとか。Curateってそういう作業だったのか。

別の売り手は、Hobbitの最初期の版を売っている。なんでも、Youtuberで人気者なんだそうだ。三度目の版の時点で、指輪物語のプロットができたことに伴って、ビルボが指輪を手にする経緯に大きな変更が加わったのだそうだ。ここで卑怯な手で指輪を手にすることが、指輪物語での深い因縁につながっていくように書き換えられたのだ。Preferceでは、そのことについて、最初の頃の版はビルボが友人に語った通りの物語を、後の版は白状した本当の経緯を書いている、というように説明しているのだという。一冊でケンブリッジの一学期の授業料くらいする。

私は明治17年出版の無双広益紋帳を買う。125GBPなり。私はパーティー嫌いでMay Ballに行かないので、これが私のMay Ballと言い訳をしながら買う。無双の名にたがわず、インターネット全体をあわせたよりも網羅性が高いんじゃないかというぐらい多種多様な家紋が紹介されている。銅版画の繊細な線がとても良い。ぎりぎり私でも読める程度の崩し字であるのも助かる。このくらいのをたくさん読むのが一番勉強になるのだ。買う前にこっそりオークションで値段を比較しようと思ったけど、ヤフオク!からはアクセス拒否で、古本屋横断検索サイトは値段を載せておらず断念。Dxxとノリのいい店主さんにあおられてえいやと買ってしまう。店主さんはニューヨークの古本フェアで買ったのだという。

せっかくケンブリッジにいるのに、なぜか和書を買ってしまった。売り手が何の本でいつ出版されたのかわからないと言っていたので、家紋集であることや、明治の出版であることなど、読み取れることを伝える。Dxxは、これなら木蓮の家紋もあるんじゃないかな?と気にしていたが、残念ながらなさそう。この子は木蓮が好きなので、木蓮の家紋が欲しいのだそうだ。Dxxが植物やガーデニングの本(100年以上前の)にくっついて離れなくなったあたりで、Mxxxxxxが離脱する。

DxxはDxxで、来週金曜日が誕生日であるMxxxには鳥の本を、父には父と生前仲が良かった詩人の本を、母にはビクトリア朝時代のフラワーアレンジメントの本を選んで、自分には聖書に出てくる植物についての本を買ったようだ。最近、この子は育ちの良さを隠さなくなってきた。金銭感覚が25歳の頃の私とはずいぶん違うが、今の私とは合っているので気にせず仲良くできるのがありがたい。人柄もできているし、賢いし、イギリスの甘甘お菓子も余ったら余った分だけ食べてくれるし、本当にいい子だ。

その後、二人で墓地を散歩する。大トトロみたいな大きさと形のイチイの樹が並んでいるのをさして、何の樹かわかる?と聞かれる。何でも特殊な種類のイチイで、植えられた当時にアイルランドのある地域の固有種であることが分かって、樹形が自然に整うことから流行って墓地に植えられるようになったのだということを教えてくれる。墓石は、ケルト文様が入っていたり、ネオクラシックだったり、ゴシック教会の尖塔を引っこ抜いて墓地に植えたみたいだったり、多種多様だ。骨壺ではなく、丸ごと体を埋める方式のため、墓石の間の空隙が広く、明るさがある。緑も豊かで、鳥の声がしげく、近隣の人たちの良い散歩コースになっているのだそうだ。

4月にあるNorwichのbookfairや、船を激しくぶつけ合うボートレース"Bump"に一緒に行くことを約束して、今日は解散。そろそろ空も明るく、暖かくなってきて、何はなくとも気分が良い。

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