サーカスのクラウンにあこがれていたっけ
昨日まで汗をかいていたのに急に冷えこんだ朝。このところ心のバランスを崩している。しんどい。体調もスッキリしない。しんどい。
このまま沈むのは嫌でござるってんで、心は前に動かそうと、おとさんがすすめてくれた本を読んで過ごす。
小川糸さんのサーカスの夜に。
病気がちで元気になったら両親が離婚し、グランマに育てられた13歳の少年。少年は病気で10歳の体から育たないと言われる。少しでも大きくなるよう貧しいながらも少年にごちそうを用意するグランマ。素直にグランマの愛情を受け入れる少年。小さな部屋であふれる心いっぱいに過ごすグランマと少年。
黒砂糖を包んだチラシで少年の世界が変わる。少年は愛情を与えられるだけの暮らしから自分の足で立って生きる道を見つける。13歳にして。
私は13歳の頃何をしていただろう。いや今も何をしているのだろう。ずっと自分を探している。ただようように生きている。少年がサーカスの団員になるという固い決意を抱いたようなそんな決意を私はまだしていない。ずっと好奇心に従って、フラフラと生きている。それはそれでいいのだけれど、ちゃんと学びもある。人とも心を伝えあってきた。でも、とぎれとぎれなんだな。
少年が見たスーパーサーカスのような一貫した世界観でつなげるものがない。少年が属しているレインボーサーカスは一貫した世界観でつなげてはいない。でも、見に来る人の心を楽しませようということを第一に考えた構成をしている。みんなプロ意識のかたまりだ。
うーん私は?欠けているものが多すぎる。なーんて自分のことを思うと悲しいやら情けないやら。
少年は自分に欠けているものも全てをうけとめながら、人の声に耳をかたむけ、時に教えをこいながら、自分の道を切り開いていく。人と生きながら、自分をちゃんと生きている。
私は?人と暮らすのをおびえながら、一人になろうとして、でも一人はさびしくてとこじらせている。群れることも一匹狼にもなりきれずふらふらしている。
少年が勉強を教わりながら、同時にジャグリングを教わる。想像力とバランス、そして自分の芯をもつことを練習や周りのアドバイスや暮らしの感覚から学んでいく。なろうと思う自分になっていく少年やその少年を丸ごと受けいれたサーカスの団員たちに泣きそうになったよ。
華やかなサーカスの世界の裏は苦しみや悲しみや死への恐怖がいっぱい。でも、それがあるからこそサーカスは美しく楽しく華々しい。
そして、サーカスの団員の笑顔は生きる歓びにあふれている。死が常に背中にある中で今一瞬を輝かせる生への歓び。
欠けたものも失ったものも苦しみも悲しみもぜーんぶ受けとめて次へ進む。受けいれてもこだわるのではない。ずっと背おっていくのでない。自分に刻み込んで手放して、身軽になってすすむのだ。バランスよく生への道をすすむのだ。
そう私昔はサーカスのクラウンに憧れた。華々しい空中ブランコや綱渡りのスーパースターでなく、スーパースターの時間をひときわ輝かせる人々の心の緊張をときほぐすクラウンになりたかった。
少年のようにトイレ掃除や小道具係のような縁の下の力持ちのような存在になりたいんだなあ私。そっと誰かを心地よく幸せにしたい。
ちょっと見失いかけていた自分を取り戻したよサーカスの夜に。
お月様とお星様のきれいな秋の夜にサーカスへ思いを馳せてみる。
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