「Cygames Tech Conference」(2021)私的感想
2021年11月13日(土)~14日(日)にオンライン上で開催された株式会社Cygamesの技術カンファレンス「Cygames Tech Conference」の内容がなかなか興味深かったため、備忘録的な意味も込めて記事にしてみました。
総評としては、自社開発エンジンである「Cyllista Game Engine」の紹介や『プリンセスコネクト!Re:Dive』(2018年)、『ウマ娘 プリティーダービー』(2021年)などの作品・技術紹介の視点だけにはとどまらず、クリエイターに必要な姿勢(マインドセット)や大規模開発・大手ゲーム会社での開発現場の雰囲気がつかめるいいセッションになっていました。特にゲーム業界を志す学生やゲームクリエイターにとっての貴重な知見が含まれていましたと思います。本記事では同カンファレンスで得られたクリエイターの姿勢(マインドセット)について自分なりにまとめてみました。
※記事作成者は日曜日(Day2)の講演しか見れていないため、大味な総評となります。(11/23現在「YouTube - CygamesChannel」でアーカイブが公開中です。)
※本記事では、カンファレンスにおけるスライド掲載規定の規約がなかったため、セッション中のスライド画像も一部公開しております。問題があるようでしたら削除させていただきます。
01.なんでも自分たちで作り、使えるものはなんでも使う
セッション中の事例で度々取り上げられていたのが「開発現場で問題が発生したら、すぐにそれを解決するための自作ツールや仕組みを常に開発していく」という姿勢でした。
たとえば、「ウマ娘 プリティーダービーにおける会話シーン制作事例
〜大規模で高品質な開発を支えるエンジニアの取り組み〜」において、通常キャラクターの会話シーンの開発時、セリフやキャラクターモーション・表情などをコマンド形式(テキスト)で調整するには途方もない労力と時間が考えられますし、これをテキストで調整するのは現実的ではありません。
そこで作品に最適化された自作の会話エディタを開発することによって、この問題に対処しています。
また、作って終わりではなく、タイムライン上で編集での編集作業をさらに効率化するために、簡易版エディタを開発して改良を重ねるなど、そのツールのブラッシュアップにも余念がありません。
ゲーム開発などのソフトウェア開発は途方もないコストとリソースが要求されます。いい作品を作るために、少しでも自分たちで作ったツールによって効率化を図るという姿勢は、言われてみれば当り前のようですが、この当り前ができている企業・クリエイターはごくごく一部なのではないでしょう。(私もできていません。)
ちなみに大手ゲーム会社の場合、このような自社ツールをプログラマが開発することはよくある事例ではあります。
それで思い出すのが、任天堂の岩田聡さんの話でしょうか。岩田さんの逸話に、『MOTHER2』の開発時に「自分が一から作れば半年で済む」と言って、引き取ったという話があります。この話には続きがありまして、岩田さんがひとり黙々とゲームを直していくんじゃなくて、開発スタッフ全員がゲームを直せるような仕組みをまずつくり、誰もがゲームの中身に触れられる環境を作ったとのことです。その結果、4年以上かかっていた『MOTHER2』をわずか1年で完成にまでもっていったとのことです。(『岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた。』ほぼ日刊イトイ新聞編、2019年、195-196頁)
また、「キャラクターにリアルな動きを!~モーションキャプチャースタジオの体制・ゲーム&生配信 制作事例紹介~」において、それまで借りていたモーションキャプタースタジオを自社に設計し、そのシーンで必要な様々なセットをその場で組み上げて作品に盛り込んでいくという、「使えるものはなんでも使え」という姿勢も見習うべきものがあります。
今は様々なツールやソフトウェアがサードパーティとして提供されているため、それを使った方が効率的ではないのか、という考え方もあるかと思います。ですが、ゲーム開発に限らず、そうした考え方では、技術向上や試行錯誤の機会が与えらないため、スタッフが育たず、かえって考え方や技術が痩せ細り、非効率な現場を生む要因となっていくのではないのでしょうか。
なんでも自分たちで作り、使えるものはなんでも使う。ゲーム開発に限らず、今後のビジネスやクリエイターにおいては、こうした姿勢で常に自分たちの技術スキルを上げていくことが必要になるでしょう。
02.妥協を許さない細かな作り込み
「神は細部に宿る」というドイツ人の建築家の言葉(ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ)もあるとおり、クリエイティブをクリエイティブたらしめる要素は、その作り込み具合ではないでしょうか。
例えば、「ウマ娘 プリティーダービーにおけるウイニングライブ制作事例
~ライブ開発チームの体制や制作フローについて~」では、ライブシーンにおける入念な作り込みの様相が見てとれます。
以下の楽曲「Never Looking Back」におけるライブシーンの例では、「雨」というテーマを元に、いかにライブシーンを完成させていくかという流れが紹介されています。
特にラストカットの制作においても、以下のスライドの内容のように、その細やかな調整や作り込みが見て取れます。
ゲーム開発に限らず、制作現場に入っていると、時間や売り上げなどに埋没し、こうした細かいことに目が行かなくなってしまいます。クリエイターとしては時間が許す限り、こうした細かい作り込みを常に心がけていきたいです。
03.情報の提示について
情報の提示については、クリエイティブにおける重要な要素だと考えています。ここでの情報の提示とは、「ユーザー体験(UX)を生むためには、どういった方法・順序で、プレイヤーに対して情報を提示していくか」と定義します。
「ウマ娘 プリティーダービーのコンテ制作事例~コンテ制作専任チームの誕生とキャラクターを輝かせるコンテ術~」では、ゲーム中のカットシーン制作において、そのシーンにどういう情報(キャラクターの感情や背景、プレイヤー体験)を盛り込んでメモリ量を配慮しつつ制作していくかが紹介されています。
以下は、『ウマ娘』に登場する「マヤノトップガン」というキャラクターのスキルカットシーンにおける解説です。ゲーム中におけるちょっとカットシーンからでも、どういった情報をそのシーンに込めるかということに鋭意努力する様子がうかがえます。
また、『ウマ娘』のオープニングムービーにおいても同様に、どのように情報を盛り込むかが紹介されています。このセッションでは、演出クオリティの向上には「小さな演出ひとつひとつに意味を持たせることが演出クオリティの向上につながる」と語っています。
こうしたムービーシーンだけではなく、ストーリーやイラスト、あるいはゲームシステムなどで、どのように情報を提示していくかを考えることは、クリエイティブにおいてかなり重要かと思われます。
例えば、推理小説などでは「Who done it?(誰が犯行に及んだ?)」「Why done it?(なぜ犯行に及んだ?)」「How done it?(どのように犯行に及んだのか?)」という言葉があります。推理小説家(クリエイター)は、読者(プレイヤー)に対して、凶器や登場人物(あるいはその人物像や感情)などの情報を提示しながら、読者に対して、上記の感情(ユーザー体験)を想起させます。また、情報の提示の方法や視点により、まるっきり異なった体験をプレイヤーに与えます。「刑事コロンボ」「古畑任三郎」シリーズなどの倒叙ミステリー(howcatchem:どのように捕まえるか? 既に犯人はわかっており、そのアリバイをどう崩していくかが主眼に置かれている)はその情報の視点・提示順の変更の最たる例かと思われます。
このように、どのような情報を組み込み、どのような情報をプレイヤーに提示していくか、これこそクリエイティブにおける永遠の問いかけではないでしょうか。
04.メンバー間での意見交換――心理的安全性
ゲーム開発に限らず、企業で働く以上、一人ではなくチームプレイとなります。特に在宅勤務においては、どのようにメンバー間でのコミュニケーションを取りつつ、業務を進めていくかが重要となります。
各セッションには、必ずその開発においてのチーム間での開発フローや組織内・チーム内におけるマネジメント、あるいはメンバー間のコミュニケーションについてのノウハウも解説していました。
例えば、「『プリンセスコネクト!Re:Dive』アニメ撮影におけるテクニカルアーティストの役割~最高のアニメRPGを作るための自動化制作事例~」のセッション終盤では、チーム内におけるslackを用いた雑談チャンネルの例を紹介しています。実作業を行う際に、同じグループの雑談チャンネルに参加して話し合える環境を整えることでより良い成果を得られるこのことです。
こうした雑談の意義は、言ってしまえば「心理的安全性」を確保する試みでもあります。これはゲーム開発に限らず、様々なビジネスシーンにおいても重要ではないでしょうか。
※「心理的安全性(psychological safety)」とは、組織行動学を研究するエドモンドソンが1999年に提唱した心理学用語。組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことで、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義している。メンバー同士の関係性で「このチーム内では、メンバーの発言や指摘によって人間関係の悪化を招くことがないという安心感が共有されている」ことが重要とされる。
おわりに
以上のように、「Cygames Tech Conference」(2021)としては、自社開発エンジンや自社の作品・技術紹介の視点だけにはとどまらず、クリエイターに必要な姿勢(マインドセット)や大規模開発・大手ゲーム会社での開発現場の雰囲気がつかめるいいセッションになっていました。特にゲーム業界を志す学生やゲームクリエイターにとっての貴重な知見が含まれていたと思います。
なお、セッションについては後日アーカイブが公開されるとのことですので、私も見れてないセッションについては公開され次第、見たいと思います。(11/23現在「YouTube - CygamesChannel」でアーカイブが公開中です。)オススメとしては、どのセッションも甲乙付けがたい内容でしたので、セッション名をみて気になったものから観ていくのが一番かと思います。個人的には「ダイナミックな変更を可能にするCyllista Game Engineのオープンワールド向けプロシージャル背景制作ツールと描画機能」におけるテレイン(地形)とフォリッジ(樹木)ツールの内部機能の紹介がとても参考になりました。
ここからは私の感想ですが、つねに向上心を持って技術向上や知見を発信する姿勢は、今の日本のゲーム業界には少なく、目を見張るものがあります。「資本力があるから」で片付けてしまえばそれまでですが、本カンファレンスでは、それ以上にゲーム開発における流れを知ることができるのと、現場での開発においてもヒントになる知見が詰まっていたと思います。常にこうした姿勢(マインドセット)で、仕事やクリエイティブに望んでいきたいものです。
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