【#シロクマ文芸部】なあ、平和って、なんなんだろうな
平和とは
正義とは
と自身に問うてみた。
そんなもん、真面目に答えられるか。
そう考え、ふっと笑うと、
「ソンナモン、マジメニコタエラレルカ」
と奇妙な声がした。
ギョッとして前を見るといつの間にか、
焚き火の向こうに男がいた。
俺1人しかいないはずなのに。
奇妙な声音は男から発せられたものだ。
しかも、俺の考えをそのまま口にしている。
妖怪さとりか。
「ヨウカイサトリカ」
ゾッとしつつも祖父の話を思い出した。
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炭焼き小屋に寝泊りしていた祖父が、ある夜、火の番をしているといつのまにか横に人がいた。
誰だこいつは?と思うと即座に、
「ダレダコイツハ?」
と言う。
妖怪さとりだと、と気づいた祖父は心を無にして火に小枝をくべ始めた。恐怖心を感じ取ると、さとりは豹変し襲ってくるからだ。
祖父とさとりは並んで火を見つめていたが、その時、小枝がパチンと爆ぜて、さとりに当たった。
さとりは祖父の仕業だと思い、人間は恐ろしいものだと逃げていったそうだ。祖父は笑いながら「もし1人の時、さとりに会ったら心を無にするんだぞ」と言っていたが。
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俺は逃走兵だ。
上官の無茶な突撃命令に、皆が塹壕から飛び出した。俺は、逃げるなら今だとばかり、反対に向かって走った。
俺は、仲間を裏切って逃げ出したのだ。
生きたかった。日本に帰りたかった。
歩き疲れ、ジャングルの中で焚き火をしていたのだが。
「さとりに会うなんて、俺ももう終わりか」
「サトリニアウナンテ、オレモモウオワリカ」
「俺、仲間を裏切ったんだよ」
「オレ、ナカマヲウラギッタンダヨ」
「俺、お前に食われるんだろ?」
「オレ、オマエニクワレルンダロ?」
1人で寂しかった俺は、さとりに向かって質問を投げかける。
「なあ、平和って、なんなんだろうな」
「ナァ、ヘイワッテ、ナンナンダロウナ」
「平和のために戦っているに」
「ヘイワノタメニタタカッテイルノニ」
「人を殺しているんだぜ」
「ヒトヲコロシテイルンダゼ」
ふいに涙があふれた。
「帰りたいなぁ」
すると突然、
「日本に帰りたいか?」
とさとりが言った。
「え?」
「帰りたいか?」
「……帰りたい」
そう答えた瞬間、頭が割れるように痛み、身体中が熱くなり気を失った。
次に目が覚めたのは病院だった。マラリアで倒れていた俺は病院に担ぎ込まれ手厚く治療された後、日本に帰された。
俺が逃げ回っている間に戦争は終わっていたらしい。
ジャングルで出会ったアレは、さとりだったのか、違ったのか。それとも俺の幻想だったのか。
甲板で潮風に吹かれながら、ナァ、ヘイワッテナンナンダロウナと呟いた後、遠ざかる島に一礼をした。
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戦争から帰った曾祖父は、常に「平和とは」と口にしていた。おじいちゃん、また言ってる、と皆に笑われても真面目な顔で幾度も「平和とは」と語っていた。
「平和って、なんなんだろうな」
それが曾祖父の最期の言葉だった。
曾祖父が逝って何年も経つが、夏が来るたびに、
「なあ、平和って、なんなんだろうな」
と考える。
小牧幸助部長、心にしみるお題をありがとうございます。