風前の灯ー21 知人の高齢者の多くは「ネット社会を怖い」と思っている。何かで自分の名前が出たら、即、攻撃されると勘違いしている。炎上したら大事に至る時がある、名前が出ても出なくても、引っ張りだされて、悪い人や 良い人になることがある、という場面が考えられないのです。次回 続く
風前の灯ー20 マックに行ったら白髪交じりの人があちこちに10人位座ってた。オーダー品を席まで運んでくれる店員さんも初めて見る初老の人だった。その日は午後の客の1/4は高齢者か、。「世界のマック」.が、日本からバリアフリーなファーストフード店を発進してくれたらいいね、と思った。
風前の灯-15 台風のニュースのテロップに、30年以内に首都圏に大地震が来る、とあった。ああ、私はどうせ30年先まで長生きするわけないから免れるかな?と同時に子供や孫は出遭うんだ、と。今の高齢者は戦争にも大震災にも見舞われてきた。人間は一生のうち、いつか苦しい時代に出遭うのか?
風前の灯-23 ライター、出版業界を背景にしたサスペンス「神の手」を観た。小説「神の手」をドラマ化。編集者のたくらみにより一度も出版されなかったが、短期間に多数の見事な小説を完成させた女性がヒロイン。神の手が次々、小説を書かせた、というオチだが、{手}が小説を生み出した?
風前の灯ー17 バスの優先席に二人の女子学生が座ってた。そこへ 、高齢のハンディキャップトのおばあさんが乗り込んできた。ふたりは一瞬、顔を見合わせたが、一人が一早く立ち上がり席をゆずった。おばあさんは何度も頭を下げた。座ったままの方はバツが悪そうだった。仕方のない事、と思った。
風前の灯ー4 横断歩道で、突然、胸が痛くなった。寝違えただのぎっくり腰だのの痛みは知ってたが、胸がかきむしられるような痛みは初めてだった。どうにか横断歩道は渡り終えたが、この痛みは?その時、急性心不全で逝った母を思い出した。「死に際まで親と一緒」なんてことないよね。治って元気。
風前の灯ー18 占いのサイトに行ったが、どうした事かどり着けない。考えてみれば、風前の灯の高齢者には、恋愛運も仕事運も、あっても無くても良くて、多くの人は老眼で.難聴で神経痛で、など病気をかかえている。お金なんても欲しくない、なんて私のような輩もいる。何運を見ればよいのだろうか。
風前の灯ー22 昨日は「敬老の日」だった。いつ頃、設定されたか覚えて いないが、平成の頃の「敬老の日」はもっと派手で仰々しかった気がする。現在の「敬老の日」は大人しく堅実な行事のようだ。 もっとも、うちの子供らは「敬老の日」を忘れていて、どら焼きの一つも届かなかったせいもある。
風前の灯ー13 しゃぶしゃぶ店は混雑というほどでは無かったが、客たちの多くは前菜付きの豊かなテーブルで、店員は私たちのテーブルにはなかなか来なかった。見まわせば菊も店員も50歳以下だ。私は心で叫んだ。ご馳走してくれル友人の横で。「50年以上前に銀座で、しゃぶしゃぶを食べたか?」
風前の灯ー11 わたしはファーストフードやドトールなどの軽快な喫茶店が好きだ。道路で倒れて救急車で運ばれた日も、その帰りだった。若者の間でフライポテトを食べていた。退院後,また、通い出し三年経った。今では、おじいさん、おばあさんの間でたべていも。いつから高齢者が増えたんだろう。
風前の灯ー2 私は「お金持ち」じゃないが、「病気持ち」です。そんな私は、動けなくなったら公費の老人ホームに割合、早々と入れるようです。ところが友達は「大金持ち」で「病気知らず」、その彼女は公費の老人ホームには、まず、入れないらしいです。どちらが長生きするかな? 音声リンク:
風前の灯ー14 私は、今度倒れたら死んでしまう病気と、今のところ治らない病いを抱えて生きてます。それでいつ止めても迷惑かけず心配かけず気楽なように、風前の灯のタイトルつけました。ひどいタイトルですが、本音なのです。しかし反対に細々、長生きしたら失礼しますね。で、心は元気です。
風前の灯ー16 上手い下手はともかくとして私には文章を書くことは、呼吸するのと同じで苦痛でも何でもない。書くネタに困ることもない。だから、作詞、童話、エッセイ、シナリオ、論文など文章は山ほどあるが、自慢する自信は無い、見直したい。それよりも「風前の灯」が消えることの方が嫌だ。
風前の灯-1 時々体調が非常に悪い。異常天候のせいかもしれないが、高齢者の多くは明日の生死に漠然とした不安がありそうだ。特に私は17,8年前、指定難病を含め.三つの病気を抱えているからね明日をも知れない。「就活」エッセイも「ちゃらんぽらん」になるがやめ、このタイトルでいきたい。
風前の灯ー12 先日、大衆的な人気のしゃぶしゃぶ店に入った。オーダーを聞かれて、セットでは無く、一番安くて、少ない量の品を頼んだ。声が大きかったせいか、何組かの客が振り返った。狭い末席に案内された。他種他店ではカートにすがって歩く様子の私はもう少し広い席に案内されていた。続
風前の灯ー9 高齢者だから。知人が脳溢血で倒れた、という。「高齢者だから仕方ない」と近くの人が言った。他の友達がコロナにかかった時も、そんな声を聴いた。要するに病気になれば何でもかんでも「年齢のせい」らしい。そういわれてしまえば、黙らざるを得ない。私の三疾患も仕方ないのかもね。
風前の灯ー10 得も損もない。そういえば気づいてみたら、ランチに高いものも平気でオーダーするようになった。そんな人は多いかも。だって、病気や年齢のせいで、余生は「風前の灯」かもよ。もちろん、仕事のせいで、「天国はある」と信じられるからかも知れないが。天国行きなんてあつかましいね。
風前の灯ー3 その時,61才だった母が胸が痛いと、突然言い出した。数日後、やっと休暇の取れた弟と病院へ>待合室にいて、呼ばれたから診察室に歩いていき医師の前に座った。医師は言った。「この人、死んでるよ」。オリンピック選手の足元にも及ばないが努力家だった。私も頑張れるかな?
風前の灯ー7 昭和初めころ生まれの知人に対して私は、「そう!あなたのカテゴリーの中では(戦争時代)に生まれ育った、というわけね」といいました。すると彼女は「カテゴリー、とかのカタカナ言葉が今、盛んに使われているけど私は苦手。だってさ、英語は鬼畜米国、敵国米国の言葉じゃない!」
決戦投票でか、ヨ。 キョーサンさまも追い詰められて風前の灯だぜ。 https://news.yahoo.co.jp/articles/11bf376db98e8316802a4a1896fe30e36f679952
風前の灯ー6 昭和の初めに生まれた知人のおばあさんは言った。「戦争体験者というんではなく、人生そのものが戦争中に感じた」思春期が彼女のその後の人生を、「平安時代」「江戸時代」のような色分けで「戦争時代」というカテゴリを生ませたのか? 私の言うカテゴリに反応した彼女のもう一つは?
じき使い物にならなくなる屁ックソさまをアテにしやがる連中が後を絶たねぇのは使い勝手だろうがよ、風前の灯じゃねぇかな。 http://markezine.jp/article/detail/43471