政治の行く末に悲観して、遁世する思想家はいるのだろうか。いたとするのなら、その人の瞳に映るあるべき時代の枠組みとはどんなものだろうか。絶対に正しい正義が佇んでる訳ではないし、誰にとっても是とする共通解は中々見当たらないだろうけど。政治家の中には正義の味方に憧れてそうなった人もいる
民主党の事業仕分けを認めていた河野大臣。そういった行政レビューがまさか民主党から始まったというのが青天の霹靂であるわけだが、私はそれが立法府でやらねば法的拘束力がないという事の事実の確認になってしまったというのが、大方の見方であろう。
歴史を学ぶのは、ファクトチェックの側面と評価の側面とをバランス良く見なくてはならない。事実と評価とは別物で、先ず何が起きたかを因果関係を超越して確認すべきだろう。歴史教育では、論点で意見を戦わせるのも無論大事だが、何より時系列で物事を追っていくのが先決だ。