ドイツとアメリカがウクライナに武器供与を発表。そもそもロシアのこのような蛮行を赦したのは、アメリカを中心とする秩序が崩れ去ったからである。アメリカ一極体制の意義とは、何かあったら、蛮行があったらアメリカを中心に対処するというルールを世界諸国に適用できるというものだ。
人の本領が発揮されるのは、教育の型を実行する流れの中であろう。人は白地のキャンバスそのもので、型をくり抜いて、自分のものにする。色んな専門があるが、枠にとらわれずあちこちと知ったか討論を交え、メディアミックスしていく事こそ、他者を慮る想像力の蓄積なのだと思ふがね。
教育が正確になされないと、国家は簡単に転覆したり、暴走したりする。学問はどうしてもハードルがあり、むつかしい話は敬遠される。思想の植え付けや排除ではなく、事実を事実として捉え、定義を中心に軸を飛び回り、権威や伝統だけでない、もっと広くて苦しい、そして知らない世界をつかまえてくれ。
ウクライナが救われるには、ロシア世論の趨勢がどうなるかだと、筑波大教授の中村逸郎先生が言われる。ただ悲しいかな権威主義体制の国家において、世論の発露がどこまでガバナンスに制限を加えられるかは未知数だ。ロシア国内の反戦の意見も封殺されている。議論は出来なければ身動きは取れないから。